店員が台湾まぜそばとパンケーキを持ってきたのは、自棄になった折笠さんが一曲披露している時のことだった。
「何で言ってくれなかったの!」折笠さんは顔を真っ赤にして叫んだ。「足音でわからなかったの!?」
「いやあ、折笠さんの歌声に聞き惚れちゃってさ」
「ごめんなさい」真理亜は詫びた。「でも、葉月君は嘘をついてないと思う。わたしも気づかなかったから」
「箒木さんは謝らないで」折笠さんは言った。「葉月君は絶対気づいてた。この人はね、大事なことは聞き逃さないの。ちょっと物忘れが激しいだけで」
「ひどい言われようだな」僕は台湾まぜそばを混ぜながら言った。「そして買い被りすぎだよ。あいにくと僕は聖徳太子じゃあないからね」
折笠さんはマイクを僕に突きつけてきた。
「何?」辛い面をすすりながら問う。
「葉月君も歌って」
それでトントンだと主張しているらしい。
「僕が何を食べてるか見えない? こんな辛い物を食べたうえ折笠さんよろしく熱唱するなんて、喉が潰れちゃうよ」
「ああ、もう! なんでカラオケ屋に辛い料理があるの!」
「それは確かに」真理亜が生真面目に考えこむ様子で言う。「意見すべきかしら」
「そこはほら、僕みたいに歌わない理由にできるから」
「ああ、なるほど」
「ね。葉月君はこういう人なの」折笠さんは真理亜に言った。僕に向かって続ける。「最初からこうなるってわかってたから、そんなもの頼んだんでしょ」
「それは卵が先か鶏が先かを問うようなものだよ」
「そうやってすぐはぐらかす!」
「……二人はいつもはそんな感じなの?」真理亜は言った。「なんていうか、漫才コンビみたいな」
折笠さんはその言葉に、心底傷ついたような表情を見せた。スン、と落ち着いたように席に座す。そして、頭を抱え込んだ。
「わたし、何か悪いことを言った?」真理亜は僕に問いかけた。
「気にしないでいいよ。折笠さんはとにかく僕と仲良しだと思われるのが嫌なだけだから」
「友だちなのに?」
「友だちと言っても色々あるんだよ」僕は言った。「さて、これでしばらく邪魔も入らないだろうし、本題に入ろうか」
真理亜の顔が少しこわばる。
「麻耶のことね」
僕は頷いた。「まあ、まずはこっちから話そうか。ね、折笠さん」
折笠さんは不服極まるといった表情で頷いた。「……あまり話せることはないけど」
「でしょうね」真理亜は言った後すぐに、口許を抑えた。「ごめんなさい。でも、もし、何か重要なことがわかったのならその時点ですぐ教えてくれたでしょうし」
「そうだね。僕らもまだ手探りの段階だから」
そうして僕は話しはじめた。同級生たちに探りを入れた結果、得た情報のことを。
――箒木さんのこと?
放課後の教室だった。文化祭の準備で残っている同級生に尋ねたのだ。
――前にも訊いてたよね。
ウェーブがかったボブの女子だった。どこかで見覚えがある気がするし、ない気もした。
――そうだったっけ。
――覚えてない? ちょっと前に、森崎さんに話しかけてたよね。
――そうだったね。
森崎というのが誰だったかは思い出せない。けれど、きっと僕が最初に声をかけた相手のことだろう。
――本当に覚えてる?
僕はあははと誤魔化すしかできなかった。
――まあ、いいけど。それで、また箒木さんのお姉さんの頼み?
――その範疇には入るかな。
その返答を訝しく思ったのか、
――いちおう訊くけど、お姉さんのことって本当なんだよね。
――そう思われても仕方ないね。
――別に本気で疑ってるわけじゃないよ。葉月君が箒木さんのことを知ろうとする理由なんて他にないだろうし。
――そんなに他人に興味がないように見えるかな。
――そういう意味で言ったんじゃないよ。ただ、そうだね。葉月君がそんな風に積極的にクラスの子と話すタイプだとは思ってなかったのも事実かな。
――そうそ。だから、何か理由があるんだろうなーって。
横で聞いていた女子が会話に入ってきた。森崎さん……ではないと思う。栗色のセミロングの明るそうな女子だった。
――箒木さんのこと訊いて回ってるんだって?
――うん。
――それで?
ボブさんが言った。
――箒木さんのことならこの前も話したけど、今度は何か具体的に知りたいことでもあるの?
――そうだね……たとえば、そうだ、箒木さんは猫が好きだったって聞いたけど。長崎でも尾曲り猫を追い回してたって。
ボブさんとセミロングさんが一瞬視線を交わすのを、僕は見逃さなかった。
――長崎で、か。
ボブさんは言葉を区切った。しばし沈黙が流れ、耐えかねたようにセミロングさんが言う。
――そうだね。そうだった。尾曲り猫。写真撮ってたっけ。
二人の様子が明らかにおかしい。キーワードはおそらく「長崎」あるいは「修学旅行」だ。それらの言葉にどこか警戒心を抱くかのような様子が伺える。そういえば、上水口さんもそうではなかったか。
――修学旅行で何かあった?
――そうだね。その何かと呼べるようなことはあったかもしれない。
ずいぶんともって回った言い回しだ。
――話しづらいこと?
――ある意味では。
――ね。
セミロングさんが同意する。
――ごめん。わたしたちじゃきっとうまく言語化できない。話したところで信じてもらえない。だけど――
――だけど?
――きっとそう遠くないうちに説明できると思う。その時が来たら、信じてもらえると思う。葉月君にも、お姉さんにも。
「何で言ってくれなかったの!」折笠さんは顔を真っ赤にして叫んだ。「足音でわからなかったの!?」
「いやあ、折笠さんの歌声に聞き惚れちゃってさ」
「ごめんなさい」真理亜は詫びた。「でも、葉月君は嘘をついてないと思う。わたしも気づかなかったから」
「箒木さんは謝らないで」折笠さんは言った。「葉月君は絶対気づいてた。この人はね、大事なことは聞き逃さないの。ちょっと物忘れが激しいだけで」
「ひどい言われようだな」僕は台湾まぜそばを混ぜながら言った。「そして買い被りすぎだよ。あいにくと僕は聖徳太子じゃあないからね」
折笠さんはマイクを僕に突きつけてきた。
「何?」辛い面をすすりながら問う。
「葉月君も歌って」
それでトントンだと主張しているらしい。
「僕が何を食べてるか見えない? こんな辛い物を食べたうえ折笠さんよろしく熱唱するなんて、喉が潰れちゃうよ」
「ああ、もう! なんでカラオケ屋に辛い料理があるの!」
「それは確かに」真理亜が生真面目に考えこむ様子で言う。「意見すべきかしら」
「そこはほら、僕みたいに歌わない理由にできるから」
「ああ、なるほど」
「ね。葉月君はこういう人なの」折笠さんは真理亜に言った。僕に向かって続ける。「最初からこうなるってわかってたから、そんなもの頼んだんでしょ」
「それは卵が先か鶏が先かを問うようなものだよ」
「そうやってすぐはぐらかす!」
「……二人はいつもはそんな感じなの?」真理亜は言った。「なんていうか、漫才コンビみたいな」
折笠さんはその言葉に、心底傷ついたような表情を見せた。スン、と落ち着いたように席に座す。そして、頭を抱え込んだ。
「わたし、何か悪いことを言った?」真理亜は僕に問いかけた。
「気にしないでいいよ。折笠さんはとにかく僕と仲良しだと思われるのが嫌なだけだから」
「友だちなのに?」
「友だちと言っても色々あるんだよ」僕は言った。「さて、これでしばらく邪魔も入らないだろうし、本題に入ろうか」
真理亜の顔が少しこわばる。
「麻耶のことね」
僕は頷いた。「まあ、まずはこっちから話そうか。ね、折笠さん」
折笠さんは不服極まるといった表情で頷いた。「……あまり話せることはないけど」
「でしょうね」真理亜は言った後すぐに、口許を抑えた。「ごめんなさい。でも、もし、何か重要なことがわかったのならその時点ですぐ教えてくれたでしょうし」
「そうだね。僕らもまだ手探りの段階だから」
そうして僕は話しはじめた。同級生たちに探りを入れた結果、得た情報のことを。
――箒木さんのこと?
放課後の教室だった。文化祭の準備で残っている同級生に尋ねたのだ。
――前にも訊いてたよね。
ウェーブがかったボブの女子だった。どこかで見覚えがある気がするし、ない気もした。
――そうだったっけ。
――覚えてない? ちょっと前に、森崎さんに話しかけてたよね。
――そうだったね。
森崎というのが誰だったかは思い出せない。けれど、きっと僕が最初に声をかけた相手のことだろう。
――本当に覚えてる?
僕はあははと誤魔化すしかできなかった。
――まあ、いいけど。それで、また箒木さんのお姉さんの頼み?
――その範疇には入るかな。
その返答を訝しく思ったのか、
――いちおう訊くけど、お姉さんのことって本当なんだよね。
――そう思われても仕方ないね。
――別に本気で疑ってるわけじゃないよ。葉月君が箒木さんのことを知ろうとする理由なんて他にないだろうし。
――そんなに他人に興味がないように見えるかな。
――そういう意味で言ったんじゃないよ。ただ、そうだね。葉月君がそんな風に積極的にクラスの子と話すタイプだとは思ってなかったのも事実かな。
――そうそ。だから、何か理由があるんだろうなーって。
横で聞いていた女子が会話に入ってきた。森崎さん……ではないと思う。栗色のセミロングの明るそうな女子だった。
――箒木さんのこと訊いて回ってるんだって?
――うん。
――それで?
ボブさんが言った。
――箒木さんのことならこの前も話したけど、今度は何か具体的に知りたいことでもあるの?
――そうだね……たとえば、そうだ、箒木さんは猫が好きだったって聞いたけど。長崎でも尾曲り猫を追い回してたって。
ボブさんとセミロングさんが一瞬視線を交わすのを、僕は見逃さなかった。
――長崎で、か。
ボブさんは言葉を区切った。しばし沈黙が流れ、耐えかねたようにセミロングさんが言う。
――そうだね。そうだった。尾曲り猫。写真撮ってたっけ。
二人の様子が明らかにおかしい。キーワードはおそらく「長崎」あるいは「修学旅行」だ。それらの言葉にどこか警戒心を抱くかのような様子が伺える。そういえば、上水口さんもそうではなかったか。
――修学旅行で何かあった?
――そうだね。その何かと呼べるようなことはあったかもしれない。
ずいぶんともって回った言い回しだ。
――話しづらいこと?
――ある意味では。
――ね。
セミロングさんが同意する。
――ごめん。わたしたちじゃきっとうまく言語化できない。話したところで信じてもらえない。だけど――
――だけど?
――きっとそう遠くないうちに説明できると思う。その時が来たら、信じてもらえると思う。葉月君にも、お姉さんにも。

