「改めて紹介するよ」僕は言った。「こちらが折笠さん。折笠桜さん。僕の同級生で唯一の友だち」
折笠さんは少しどもりながら、「ど、どうも」と軽く頭を下げた。案の定人見知りを発揮している。
「で、こちらが箒木真理亜さん。箒木さんのお姉さんだね」
真理亜は「よろしく」とだけ述べた。どこか表情が硬い。こっちはこっちで人見知りなのかもしれない。
僕ら三人の面会は土曜日の午後に実現した。場所は駅前のカラオケルームだった。もちろん、歌うために来たわけではない。プライバシーに配慮した結果だった。
「えーっと、じゃあどうしようか」僕は端末のフードメニューを眺めながら言う。「何か食べたいのある?」
「パンケーキ」折笠さんは間を置かずに答えた。「いちごとベリーソースのパンケーキ」
「食べ物?」真理亜は場違いな単語でも耳にしたように訊き返した。
「もしかして、カラオケはじめて?」
真理亜は少し黙り込んだ後、頷いた。
「……わたしもはじめて」真理亜の告白を受けてか、折笠さんがぼそっと言う。
「そう、奇遇だね。僕もはじめてなんだ」
「その割には慣れて見えるけど」真理亜は言った。「ここを指定したのもあなたでしょ」
「秘密の話をするのにちょうどいい場所を探した結果、ここに行きついただけだよ」
「まあ、たしかにここなら他の人に話が漏れることもないでしょうね」真理亜は髪を耳にかけた。「みんな歌うのに夢中みたいだし」
隣の部屋から、ドスの効いたシャウトが響いてくる。筋金入りのメタラーが同好会でも開いているらしい。おそらく北欧系だろう――馴染みのない言語の歌詞を何人かで代わる代わる歌い上げている。
「最近は歌う以外にも、映画やライブの上映会に使う人もいるみたいだよ」僕は自分用に台湾まぜそばをオーダーしながら言った。「僕たちみたいに秘密のお喋りのために使う人もいるだろうね」
注文を終え、端末を置く。届くまで少し時間がかかるだろう。いつ店員が来るかわからない状態で本題に入るのは避けたかった。
「折笠さん、歌う?」僕は隣で固まっている折笠さんに尋ねた。
「なんで?」折笠さんは怪訝そうに言った。
「だって、ほら。カラオケだし」
「わたしは歌わないから」なぜか真理亜が宣言した。「あなたたちが歌うのは止めないけど」
「だってさ」僕は言った。「ほら、何だっけ、折笠さんが好きなアニメ。あれの主題歌でも――」
「やめて!」折笠さんは語気を強めた。「本当にいいから!」
「ああ、そう」僕は端末に目をやりながら、「じゃあ僕が代わりに歌おうかな」
「や・め・て」折笠さんは圧を強めた。
いつもの調子が戻ってきた。僕が満足していると、対面で真理亜がぷっと噴出した。
「ごめんなさい」自分でも戸惑ったように言う。「ただ、何というかその……微笑ましくて。あなたたちはとても仲がいいのね」
「否定はしないよ」
「否定しろ、馬鹿」と言わんばかりに折笠さんが肘をぶつけてくる。真理亜はまた、くすりと微笑んだ。
「えっと、折笠さんだったかしら」真理亜は言った。「改めて、はじめまして。箒木真理亜よ。葉月君の同級生兼お友だち……でいいのよね?」真理亜は身を乗り出し、手を差し出した。「同い年なんだし気安くして頂戴」
僕は思わず、折笠さんの顔を伺った。同い年。そう言い通すことはできる。わざわざ折笠さんが留年していることを説明する必要はない。
折笠さんはおずおずと手を差し出した。しかし、真理亜の手を取る前に言う。「……ごめん。同い年じゃない」
「え?」
「留年……してるの」手を引っ込めて、もう片手で掴むようにする。「だから、十八歳。選挙権も持ってる」
「そうなの?」と真理亜が顔を向けてくる。僕は頷いた。
「黙っててもよかったのに」
「そうはいかないよ。わたしだけ隠しごとなんてフェアじゃない」
「葉月君の友だちなだけあるわね、あなたも」
「え」折笠さんが不服そうに言う。「どこが」
「どこって、律儀というか、潔癖というか」真理亜は言葉を探した。「失礼なことを言ったかしら。ごめんなさい。でも、そう。年上なら、気安くするかどうかはあなたが決めるべきかしら」
「えっと……気安くでいい」
「そう、ならよろしく。折笠さん」
「うん」折笠さんはふたたび手を差し出した。「よろしく」
二人がようやく手を握り合った。
「これで友だちだね」
「そうね」真理亜が微笑む。「葉月君に言わせれば、貸し借りなんてケチ臭い観念を超えた互助関係――だったかしら」
「……それはマブダチじゃなかった?」
「そうだっけ」僕はすっとぼけた。端末を操作して、曲を選ぶ。
「何、歌うの?」
「ううん。でもせっかくだしBGMでも流そうかなって」
程なくして、壁掛けのディスプレイに曲名が表示される。イントロが流れはじめた。背繋げながらも爽やかなギターリフ。一度聴いたら忘れない印象的なフレーズで、聴いていると、夜明けの情景が浮かんでくる。そう、それは折笠さんが大好きなアニメのオープニング映像で――
「って、晒すな!!!!!」
イントロをかき消すように、折笠さんの怒声が響いたのだった。
折笠さんは少しどもりながら、「ど、どうも」と軽く頭を下げた。案の定人見知りを発揮している。
「で、こちらが箒木真理亜さん。箒木さんのお姉さんだね」
真理亜は「よろしく」とだけ述べた。どこか表情が硬い。こっちはこっちで人見知りなのかもしれない。
僕ら三人の面会は土曜日の午後に実現した。場所は駅前のカラオケルームだった。もちろん、歌うために来たわけではない。プライバシーに配慮した結果だった。
「えーっと、じゃあどうしようか」僕は端末のフードメニューを眺めながら言う。「何か食べたいのある?」
「パンケーキ」折笠さんは間を置かずに答えた。「いちごとベリーソースのパンケーキ」
「食べ物?」真理亜は場違いな単語でも耳にしたように訊き返した。
「もしかして、カラオケはじめて?」
真理亜は少し黙り込んだ後、頷いた。
「……わたしもはじめて」真理亜の告白を受けてか、折笠さんがぼそっと言う。
「そう、奇遇だね。僕もはじめてなんだ」
「その割には慣れて見えるけど」真理亜は言った。「ここを指定したのもあなたでしょ」
「秘密の話をするのにちょうどいい場所を探した結果、ここに行きついただけだよ」
「まあ、たしかにここなら他の人に話が漏れることもないでしょうね」真理亜は髪を耳にかけた。「みんな歌うのに夢中みたいだし」
隣の部屋から、ドスの効いたシャウトが響いてくる。筋金入りのメタラーが同好会でも開いているらしい。おそらく北欧系だろう――馴染みのない言語の歌詞を何人かで代わる代わる歌い上げている。
「最近は歌う以外にも、映画やライブの上映会に使う人もいるみたいだよ」僕は自分用に台湾まぜそばをオーダーしながら言った。「僕たちみたいに秘密のお喋りのために使う人もいるだろうね」
注文を終え、端末を置く。届くまで少し時間がかかるだろう。いつ店員が来るかわからない状態で本題に入るのは避けたかった。
「折笠さん、歌う?」僕は隣で固まっている折笠さんに尋ねた。
「なんで?」折笠さんは怪訝そうに言った。
「だって、ほら。カラオケだし」
「わたしは歌わないから」なぜか真理亜が宣言した。「あなたたちが歌うのは止めないけど」
「だってさ」僕は言った。「ほら、何だっけ、折笠さんが好きなアニメ。あれの主題歌でも――」
「やめて!」折笠さんは語気を強めた。「本当にいいから!」
「ああ、そう」僕は端末に目をやりながら、「じゃあ僕が代わりに歌おうかな」
「や・め・て」折笠さんは圧を強めた。
いつもの調子が戻ってきた。僕が満足していると、対面で真理亜がぷっと噴出した。
「ごめんなさい」自分でも戸惑ったように言う。「ただ、何というかその……微笑ましくて。あなたたちはとても仲がいいのね」
「否定はしないよ」
「否定しろ、馬鹿」と言わんばかりに折笠さんが肘をぶつけてくる。真理亜はまた、くすりと微笑んだ。
「えっと、折笠さんだったかしら」真理亜は言った。「改めて、はじめまして。箒木真理亜よ。葉月君の同級生兼お友だち……でいいのよね?」真理亜は身を乗り出し、手を差し出した。「同い年なんだし気安くして頂戴」
僕は思わず、折笠さんの顔を伺った。同い年。そう言い通すことはできる。わざわざ折笠さんが留年していることを説明する必要はない。
折笠さんはおずおずと手を差し出した。しかし、真理亜の手を取る前に言う。「……ごめん。同い年じゃない」
「え?」
「留年……してるの」手を引っ込めて、もう片手で掴むようにする。「だから、十八歳。選挙権も持ってる」
「そうなの?」と真理亜が顔を向けてくる。僕は頷いた。
「黙っててもよかったのに」
「そうはいかないよ。わたしだけ隠しごとなんてフェアじゃない」
「葉月君の友だちなだけあるわね、あなたも」
「え」折笠さんが不服そうに言う。「どこが」
「どこって、律儀というか、潔癖というか」真理亜は言葉を探した。「失礼なことを言ったかしら。ごめんなさい。でも、そう。年上なら、気安くするかどうかはあなたが決めるべきかしら」
「えっと……気安くでいい」
「そう、ならよろしく。折笠さん」
「うん」折笠さんはふたたび手を差し出した。「よろしく」
二人がようやく手を握り合った。
「これで友だちだね」
「そうね」真理亜が微笑む。「葉月君に言わせれば、貸し借りなんてケチ臭い観念を超えた互助関係――だったかしら」
「……それはマブダチじゃなかった?」
「そうだっけ」僕はすっとぼけた。端末を操作して、曲を選ぶ。
「何、歌うの?」
「ううん。でもせっかくだしBGMでも流そうかなって」
程なくして、壁掛けのディスプレイに曲名が表示される。イントロが流れはじめた。背繋げながらも爽やかなギターリフ。一度聴いたら忘れない印象的なフレーズで、聴いていると、夜明けの情景が浮かんでくる。そう、それは折笠さんが大好きなアニメのオープニング映像で――
「って、晒すな!!!!!」
イントロをかき消すように、折笠さんの怒声が響いたのだった。

