「真理亜さんと和解した?」折笠さんが驚いたように聞き返した。「何? 半年遅れの四月馬鹿?」
「そう思うのもわかるけどね」僕は言った。「でも、本当なんだ。連絡先も交換したし」
始業前の教室で実際にスマートフォンの画面を見せながら、経緯を説明する。花束を手に彷徨ったこと、真理亜と出会ったこと、麻耶の死の原因を調べる約束をしたこと。アラハバキやAさんの事件のことは伏せた。話すなら、真理亜の許可を得るべきだろう。
「葉月君って女誑し?」
「失礼だな」反射的に口にする。「彼女とは友だちになっただけだよ。折笠さんと同じだね」
「よく友だちになれるね」
「あの子もあれでいい子なんだよ」僕は真理亜を弁護した。
「違う。葉月君のこと。あれだけ憎まれてたのに」
「誤解があっただけだよ。逆の立場なら、僕だって彼女のように振る舞ったかもしれない」
「葉月君が?」折笠さんが言った。「想像できないけど」
「僕だって人間だからね。クールがホットになってしまうことだってあるさ」僕は言った。「それより、折笠さん。今度、その真理亜と友だち同士お茶でもしようって話になったんだけど、君も来ない?」
「わたしと真理亜さんは友だちじゃないんだけど――」
「なら、これからなればいいよ」
「簡単に言わないで」
「別に強制するつもりはないんだけどね。ただ、折笠さんが今後も箒木姉妹についてかかわるつもりなら、お互い顔見せくらいはしとくべきでしょ?」
「それはそうだけど」折笠さんは考え込むようにして、「少し考えさせて」
「かまわないよ」
「それはともかく、箒木さん――麻耶さんのこと調べるってどうやって?」
「素晴らしきクラスメイトたちに話を聞くのさ。僕らがいままでほとんどしてこなかったことだね」
「ねえ、葉月君は現段階ではどう考えてるの? その……麻耶さんのことについて。人間関係に悩んでたとして、それはどういうものだったと思う?」
「そうだね」僕は少し考えて、「あからさまないじめでもあればわかりやすかったんだろうけど、このクラスでそういうことが行われている気はしないんだよね」
「わたしもそう思う。あくまで、教室の中だけでの印象だけど。麻耶さんは遺書を残してたんでしょ。真理亜さんからどういう内容か聞かなかったの?」
「詳しくはお茶会のときに聞くことになってるんだけど――でも、具体的な理由については書かれていなかったみたいだね。あくまで、川への身投げが彼女自身の意志によるものだということを示すものでしかなかったって聞いてる」
「謎と言えば、日記のこともあるよね」
「そうだね。それもまたお茶会で詳しく話すと思うけど――麻耶は現代の聖徳太子だったみたいだからね、こうして折笠さんと雑談してる内容だって筒抜けだったかもしれない。つまり、麻耶からすれば一方的に僕のことを知ってる状態だったとしてもおかしくない」
「そうだとして、何をどう勘違いしたら葉月君をスサノオだなんて思うんだろう」
「たしかに」僕は肩をすくめた。「そんな会話した覚えないよね」
「やっぱり葉月君が忘れてるだけど、話したことあるんじゃない? それでお姉さんにしたように誑し込んで――」
「だから、友だちだって」僕は割り込んだ。「麻耶が僕に片思いして妄想を綴ってたとでもいうの?」
「誰が誰を好きになろうと、不思議じゃないでしょ」
「たしかに恋っていうのはそういうものかもしれないけど――」
「まあ、正直、わたしは葉月君をそういう意味で好きになるなんて全然理解できないけど」
「僕は折笠さんを好きだって人がいても驚かないけど」
「そういうお世辞はいらない」
「お世辞じゃないんだけどなあ」僕は言った。「折笠さんってチベットスナギツネみたいなかわいさがあるし。あくまで僕のタイプじゃないというだけで」
折笠さんは複雑そうな顔をした。それこそチベットスナギツネみたいに。
「葉月君を好きになる人がいるとしたら、よっぽどの変わり者だろうね」
「そうかもね」
しかし、麻耶も相当の変わり者だったという話だ。本当にあり得るのだろうか。僕が知らない形で、思慕を寄せられていたなんてことが。
「まあ、とにかくみんなに話を聞いてみようよ」僕は言った。「折笠さんにとってもいい機会になるんじゃないかな」
「何が?」
「僕以外に友だちができるかもってこと」
「余計なお世話」折笠さんは唇を尖らせた。
「いや、真剣に同性の友達の一人くらいいた方がいいと思うよ」
「その言葉、そっくりそのまま返す」
言われてみれば、僕にも同性の友だちなんていない。
「そうだね」僕は認めた。「じゃあ、僕にとってもいい機会になるかもしれない」
「嘘臭い」折笠さんが目敏く指摘する。「葉月君は友だちなんて必要としてないじゃない」
「何を言いますやら。考えてみなよ、箒木姉妹の件だけでも、僕がどれだけ折笠さんに助けられてきたか」
「わたしがいなくても、葉月君はどうとでもしたでしょ。わたしはその手間を少し省くのに役立っただけ」
「それは少し自分を過小評価しすぎじゃないかな」
「別に」折笠さんは目をそらした。「そんなつもりはない。ただ、葉月君は他人に頼らなくても生きていけるんだろうなって思っただけ」それから小声で付け足す。「わたしはそれが少しうらやましい」
「そんな風に思ってたの?」僕は驚いてみせた。「あいにくと、僕だって一人で生きていけるほど強くはないよ。できたとしても、それは薄氷の上を歩むようなものだと思う。ふとした拍子に足場が割れて、人知れず人生から退場することになるだろうね」
「そうかもしれないけど、でも……」折笠さんはなおも拘る。しかし、ふと諦めたように、「わかった。そういうことにしとく。わたしたちみたいなのが人生論を繰り広げても不毛だろうし」
「そうだね。まあ、何にしても僕なんかをうらやましがることはないよ」僕は立ち上がった。「さあ、クラスメイトたちと話しに行こうか」
「そう思うのもわかるけどね」僕は言った。「でも、本当なんだ。連絡先も交換したし」
始業前の教室で実際にスマートフォンの画面を見せながら、経緯を説明する。花束を手に彷徨ったこと、真理亜と出会ったこと、麻耶の死の原因を調べる約束をしたこと。アラハバキやAさんの事件のことは伏せた。話すなら、真理亜の許可を得るべきだろう。
「葉月君って女誑し?」
「失礼だな」反射的に口にする。「彼女とは友だちになっただけだよ。折笠さんと同じだね」
「よく友だちになれるね」
「あの子もあれでいい子なんだよ」僕は真理亜を弁護した。
「違う。葉月君のこと。あれだけ憎まれてたのに」
「誤解があっただけだよ。逆の立場なら、僕だって彼女のように振る舞ったかもしれない」
「葉月君が?」折笠さんが言った。「想像できないけど」
「僕だって人間だからね。クールがホットになってしまうことだってあるさ」僕は言った。「それより、折笠さん。今度、その真理亜と友だち同士お茶でもしようって話になったんだけど、君も来ない?」
「わたしと真理亜さんは友だちじゃないんだけど――」
「なら、これからなればいいよ」
「簡単に言わないで」
「別に強制するつもりはないんだけどね。ただ、折笠さんが今後も箒木姉妹についてかかわるつもりなら、お互い顔見せくらいはしとくべきでしょ?」
「それはそうだけど」折笠さんは考え込むようにして、「少し考えさせて」
「かまわないよ」
「それはともかく、箒木さん――麻耶さんのこと調べるってどうやって?」
「素晴らしきクラスメイトたちに話を聞くのさ。僕らがいままでほとんどしてこなかったことだね」
「ねえ、葉月君は現段階ではどう考えてるの? その……麻耶さんのことについて。人間関係に悩んでたとして、それはどういうものだったと思う?」
「そうだね」僕は少し考えて、「あからさまないじめでもあればわかりやすかったんだろうけど、このクラスでそういうことが行われている気はしないんだよね」
「わたしもそう思う。あくまで、教室の中だけでの印象だけど。麻耶さんは遺書を残してたんでしょ。真理亜さんからどういう内容か聞かなかったの?」
「詳しくはお茶会のときに聞くことになってるんだけど――でも、具体的な理由については書かれていなかったみたいだね。あくまで、川への身投げが彼女自身の意志によるものだということを示すものでしかなかったって聞いてる」
「謎と言えば、日記のこともあるよね」
「そうだね。それもまたお茶会で詳しく話すと思うけど――麻耶は現代の聖徳太子だったみたいだからね、こうして折笠さんと雑談してる内容だって筒抜けだったかもしれない。つまり、麻耶からすれば一方的に僕のことを知ってる状態だったとしてもおかしくない」
「そうだとして、何をどう勘違いしたら葉月君をスサノオだなんて思うんだろう」
「たしかに」僕は肩をすくめた。「そんな会話した覚えないよね」
「やっぱり葉月君が忘れてるだけど、話したことあるんじゃない? それでお姉さんにしたように誑し込んで――」
「だから、友だちだって」僕は割り込んだ。「麻耶が僕に片思いして妄想を綴ってたとでもいうの?」
「誰が誰を好きになろうと、不思議じゃないでしょ」
「たしかに恋っていうのはそういうものかもしれないけど――」
「まあ、正直、わたしは葉月君をそういう意味で好きになるなんて全然理解できないけど」
「僕は折笠さんを好きだって人がいても驚かないけど」
「そういうお世辞はいらない」
「お世辞じゃないんだけどなあ」僕は言った。「折笠さんってチベットスナギツネみたいなかわいさがあるし。あくまで僕のタイプじゃないというだけで」
折笠さんは複雑そうな顔をした。それこそチベットスナギツネみたいに。
「葉月君を好きになる人がいるとしたら、よっぽどの変わり者だろうね」
「そうかもね」
しかし、麻耶も相当の変わり者だったという話だ。本当にあり得るのだろうか。僕が知らない形で、思慕を寄せられていたなんてことが。
「まあ、とにかくみんなに話を聞いてみようよ」僕は言った。「折笠さんにとってもいい機会になるんじゃないかな」
「何が?」
「僕以外に友だちができるかもってこと」
「余計なお世話」折笠さんは唇を尖らせた。
「いや、真剣に同性の友達の一人くらいいた方がいいと思うよ」
「その言葉、そっくりそのまま返す」
言われてみれば、僕にも同性の友だちなんていない。
「そうだね」僕は認めた。「じゃあ、僕にとってもいい機会になるかもしれない」
「嘘臭い」折笠さんが目敏く指摘する。「葉月君は友だちなんて必要としてないじゃない」
「何を言いますやら。考えてみなよ、箒木姉妹の件だけでも、僕がどれだけ折笠さんに助けられてきたか」
「わたしがいなくても、葉月君はどうとでもしたでしょ。わたしはその手間を少し省くのに役立っただけ」
「それは少し自分を過小評価しすぎじゃないかな」
「別に」折笠さんは目をそらした。「そんなつもりはない。ただ、葉月君は他人に頼らなくても生きていけるんだろうなって思っただけ」それから小声で付け足す。「わたしはそれが少しうらやましい」
「そんな風に思ってたの?」僕は驚いてみせた。「あいにくと、僕だって一人で生きていけるほど強くはないよ。できたとしても、それは薄氷の上を歩むようなものだと思う。ふとした拍子に足場が割れて、人知れず人生から退場することになるだろうね」
「そうかもしれないけど、でも……」折笠さんはなおも拘る。しかし、ふと諦めたように、「わかった。そういうことにしとく。わたしたちみたいなのが人生論を繰り広げても不毛だろうし」
「そうだね。まあ、何にしても僕なんかをうらやましがることはないよ」僕は立ち上がった。「さあ、クラスメイトたちと話しに行こうか」

