翌日の放課後、僕は折笠さんと大型マンションのプロムナードに立っていた。
「今日は本当に何もしなくていいの?」折笠さんが尋ねる。
「あいにくともう抹茶モンブランパフェを奢れるほど余裕がないからね」僕は言った。「横にいてくれるだけでいいよ」
「それ本当に意味あるかな……」
「嫌なら帰ってもいいよ」
「ここまで来て、それはなし」折笠さんはため息を吐いた。「正直、わたしも気になる。箒木さんのこと、ほとんど何も知らないし」
 僕らが訪れたのは、麻耶の友人だという同級生の家だった。昨日話したボブさんに改めて麻耶の人間関係について尋ねた結果、この子の名前が挙がったのだ。上水口(かみなぐち)さん、というらしいが、当然のように僕の記憶にはない。
 上水口さんは二学期に入ってから、学校に来ていないらしい。麻耶のことがショックだったのだろう。彼女と交友のある同級生は口を揃えてそう言った。
 ――僕らが話を聞きに行ったら迷惑かな。
 上水口さんの友人の一人に尋ねた。彼女は隣のクラスに在籍していた。上水口さんとは、一年生のときに知り合ったらしい。
 ――どうだろ。わたしたちは一度会いに行ったけど――
 歯切れが悪いので、尋ねる。
 ――どんな感じだった?
 ――うん。わたしたちの前だからって無理して明るくしてたっていうか……心ここにあらずって感じだった。
 上水口さんの友人はやり切れないように言った。
 ――わたしたちもわからないの。そっとしておいた方がいいのか、積極的に励ますべきなのか。正直、わたしは箒木さんとあの子がどれだけ仲良くしてたかもよくわからないし。
 ――そうなの?
 ――クラスが違うしね。一年のときも、箒木さんとは別クラスだったし。会いに行ったとき、少し話を聞いただけで。
 上水口さんの友人はそこでスマートフォンを取り出した。
 ――行ってもいいか聞いてみようか?
 ――そうしてくれると助かる。
 メッセージアプリで確認を取った結果、上水口さんは了承してくれたらしい。僕らは住所を教えてもらい、こうして足を運んだというわけだ。
 最近建ったマンションなのだろう、エントランスもぴかぴかに輝いて見えた。タイルなのだろうが、本物の大理石のようだ。非接触式のオートロックに部屋番号を入力して、応答を待つ。
「……葉月君と折笠さん?」
 寝起きのような、低い声に聞こえた。
「うん」僕は横にどいて、折笠さんをカメラの前に立たせる。
「……開けるね」
 それだけ言うと、通信はぶつりと切れた。同時に、自動ドアが開く。幸運にも一階に留まっていたエレベーターに乗り、七階のボタンを押す。
「上水口さんってどんな人?」僕は折笠さんに問いかけた。
「どんなって……普通の子だと思うけど」
「ああ、ごめん。聞く相手を間違えた」
「言い方!」
 軽妙なやりとりをしていると、目的の階に達した。廊下を右に折れ、七一三号室を目指す。
 覗き穴の向こうでスタンバっていたのだろう、僕らが部屋の前に立つと、呼び鈴を鳴らすより先にドアが開いた。
「……いらっしゃい。入って」
 家族は不在らしい。人気のない室内に通された。彼女の部屋まで導かれる。
 思わず息を飲む。女の子の部屋に通されたからではない。部屋の壁に物々しいポスターが多数貼ってあったからだ。悪霊に殺人鬼、モンスターがそろってお出迎えだ。
「……驚いた?」上水口さんが少し微笑むようにして言う。「……ホラー、好きなの」
「みたいだね」僕はポスターに釘付けになったまま言った。「僕はどれも見たことがないみたいだ」
 上水口さんはベッドの上に腰を下ろした。僕と折笠さんには、ビーズクッションを勧める。用意しておいてくれたらしい。
 上水口さんは、ぱっつん姫カットの小柄な女の子だった。パジャマだろうか、フリルをふんだんにあしらった装いをしている。
「……麻耶のこと、聞きに来たんだよね」
 少しは鼻にかかった声でゆっくり喋る。これが彼女のテンポらしい。
「うん。仲が良かったって?」
「……どうだろ」上水口さんは投げやりに言った。「仲が良かったら……あんなことになる前に感づいたんじゃないかな」
「みんながみんなわかりやすいSOSを発してくれるわけじゃないと思うよ」
「……たしかに麻耶はそういう子だった。だけど……」
 割り切れないのだろう。消え入るように言う。
「箒木さんは占いが得意だったんだって?」
「……うん」
「具体的にはどういうものだったのかな。水晶玉を使ってたみたいだけど」
「……あれはただの演出。タロットとか他の方法は面倒だからって」
「箒木さんがそう言ってたの?」
 上水口さんは頷いた。「……あの子にそんなものは必要なかった。何でもわかったから」