日が沈みつつあった。まだ六時にもならないというのに、空が暗い。秋分が近いことを感じさせる。僕と折笠さんは自転車のライトを点灯し、来た道を戻っていた。
「あれは相当に拗らせてるね」
「何が?」
「箒木さんだよ。妹に対してだいぶ複雑な思いがあるみたいだった。好きとか嫌いとかそんな簡単な感情じゃない何かが」
「みたいだね」折笠さんは言った。「むかしのことも関係してるだろうし」
「Aさんのこと?」
「うん」
「たしかに、言ってみれば、妹のせいで余計な因縁を背負い込んじゃったわけだしね」
「箒木さん――妹の方だけど――、どうして友達を突き落としたりしたんだろ」
「子供のすることだしね。ふざけて、とか、あるいはちょっとした喧嘩だったとか、どうとでも考えられるんじゃない? 子供っていうのは、越えてはいけないハードルを簡単に越えられてしまうものだから」
「そうかもしれないけど」
「納得いかないのもわかるよ。折笠さんは子供時代でもそんなことはしないだろうしね」
「葉月君は違った?」
「どうかな。さすがに誰かを殺しかけたことはないけど――そうだな、妹なら違ったかもしれない」
「双子の妹さん?」
「そう。さっきも言ったように暴君だったからね。ただ、彼女も自ら手を下すタイプではなかったな」
「葉月君の妹はフィクサーか何かだったの?」
「生きてたら、そうなってたかもね」僕は冗談めかして言った。「頭のいい妹だったからね。両親も、僕より妹の方に期待してかわいがったものさ。だから、だいたいのわがままは通った。妹もそれがわかってるから、何でもないことでもすぐに駄々をこねてたっけ」
「葉月君は? わがままとか言わなかったの?」
「言ってもろくに相手されなかっただろうね」
「兄弟って色々と大変なんだね」折笠さんがしみじみ言う。「むかしは少し憧れたりもしたけど」
「隣の芝は何とやらだね」僕は苦笑した。「僕も逆に思ったことがある。妹がいなければって。自分より優秀な存在が消えれば、自分がその代わりになれるかもしれないって」
「でも、それが全てでもないでしょ?」
「そう」僕は肯定した。「あの姉妹もきっとそうなんだろうね。何のわだかまりもない仲良し姉妹ってわけではなかったんだと思う。だから、彼女も――真理亜も素直にただ悲しむことができないのかもしれない」
 東高付近の見慣れた市街地に戻ってきた。折笠さんとは、もう少しでお別れだろう。
「蒸し返すようだけど」信号待ちの最中、不意に折笠さんが尋ねた。「本当に姉妹のこと知らなかったの?」
「なんで、僕がとぼける必要があるのさ」
「本当に麻耶さんと付き合ってたから。そして自殺の原因は葉月君にあった。だからそう悟らせないように、知らないふりをしてる。わたしを巻き込んで」
「そうまでして潔白を証明する必要があるとも思えないけど」
「証明できないと、真理亜さんに何をされるかわからないから、とか」
 本気で疑ってるわけでもないらしい。自信なさげに言う。
「まさか。僕は命懸けで彼女を助けたんだよ。もし彼女を脅威に思うなら見殺しにすればいい。仮に溺れてるときは気づかなくても、陸に引き上げたときには気づくだろうし、救命措置なんて取らなかったよ」
「そうだね」折笠さんはあっさり認めた。
 信号が切り替わり、僕らはふたたびペダルを漕ぎはじめる。
「もしかしたら――」僕は思いつきを口にする。「麻耶は姉の動きを見越して日記を書いていたのかもしれないね」
「わざと見せたってこと?」
「うん。麻耶は人の心がよくわかったみたいだからね。姉が日記を盗み見るように仕向けることもできたかもしれない」
「でも、何のために?」
「いまこの状況を作るため。つまり、彼女の姉が僕に因縁を吹っかけてくる状況だね。僕が忘れてるだけで、麻耶に何か恨みを買うようなことをしていたとしたら、そういうこともあり得なくもない。ささやかな嫌がらせを思いついて実行に移してもおかしくない」
「それ本気で言ってる?」
「わからない」僕は首を振った。「考えてみれば、僕らはまだ麻耶のことを何も知らないからね」