目の前の雪道に、影が広がっていく。
最初はただの闇だった。けれど、それは雪白の足元に絡みつき、ゆらりと形を成していく。
「……誰、ですか?」
震える声で問うと、闇のなかから、ひとりの男が現れた。
黒い衣をまとい、長く流れる髪は夜を映したように艶やか。
肌は雪よりも白く、金の瞳が雪夜を裂くように輝く。
その男は、まるでこの世の理から外れた存在――
「……貴様が、俺の花嫁か」
その言葉に、雪白の心が凍りついた。
(この人は、何者――)
けれど、なぜだろう。
怖いはずなのに、逃げたいはずなのに。
この声だけが、たしかに、彼女を「名前で」呼んでいた。
はじめて、“自分”を――存在を――受け止めてくれたような、そんな気がして。
(私のことを、花嫁って……?)
静かに、運命の扉が開いた。



