冥界は、永遠の死の闇と静寂に包まれていた。そこに吹く風は、死者の魂を運び、そして無数の命を静かに鎮めるものだった。
だが、長い永劫の時を経て、冥の世界にかすかな変化の気配が訪れていた。
冥火の花が自然に芽吹き、その香りが霧の中に柔らかく漂う。淡紫色に輝く冥の空に、わずかに新しい色が差し込んでいる。
その中心に立つのは、王妃・雪白だった。
彼女は、冥華殿の奥の御座所で、静かに眠る息子・白夜の小さな手を握りながら、母としての新たな決意を胸に秘めていた。
「冥に……暦を作りたいのです」
雪白の声は震えていたが、瞳は力強く光っていた。
政務の間にて。夜叉丸が静かに彼女の言葉を聞いた。
「人の世には季節があり、巡る時間がある。死を司る冥の世界にこそ、命を讃え、見守る“時”があっても良いはずだ」
雪白は膝の上で眠る白夜の小さな額に優しく口づけをした。
「この子の成長を、冥の民と共に見届け、喜びを分かち合いたい。それは決して冥の掟に背くことではありません」



