◆ ◆ ◆

 

 冥界の深淵では、すでに神界との緊張が極限に達していた。

 玄黄大臣は「冥に芽吹いた人の命こそ、世界の歪み」と断じ、討伐の儀を密かに準備していた。

 

 そして、その先駆けとして――かつての因縁の娘、霞が動き始める。

 

 彼女は今や神界の密命を帯びた討ち手。

 

 「冥の王妃と、その胎内の子を闇より除け」


 その命令は冷徹で、容赦なきものだった。

 

 霞は復讐と悲しみの狭間で、複雑な思いを抱えながら冥へ再侵入する。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 雪白の寝所は厳重に守られていた。

 夜叉丸が自身の冥火の影を駆使し、外界の侵入者を許さぬ結界を張っていた。

 

 「夜叉丸様……ご自身の政も忙しい中、どうか無理は……」


 雪白は弱々しく言った。

 

 しかし夜叉丸は彼女の手を握り返し、揺るぎない決意を告げる。

 

 「すべてを、お前と我が子に注ぐ。それが冥の王としての務めだ」

 

 その言葉に、雪白の胸は温かさで満たされた。
 しかし、そんな厳重な守りをかいくぐる者がいた。

 

 それが霞である。

 

 黒衣をまとい、冷たい憎悪を胸に抱きながら、幽かな香を漂わせ、冥華殿の奥へと忍び寄る。

 

 「姉様……わたくし、貴女になりたかった」


 霞の声は震えていた。

 

 その悲痛な叫びは、冥の闇の中に鋭く響いた。