冥華殿の広場は、いつになく穏やかな空気に包まれていた。
――光なき冥界にあって、「朝」というのは特別な瞬間だ。
薄暗い闇の中で冥火がほんのりと揺らぎ、その暖かな灯りは冥の民たちの魂を優しく照らしている。
白銀の絹に藤紫の文様を縫い込んだ衣をまとい、雪白は静かにその広場へ歩み出る。
その一歩一歩に、かつてないほどの決意と誇りが宿っていた。
「冥の王妃、雪白様――ご登壇!」
遠くから響く称賛の声が耳に届く。
いつの間にか、彼女はこの冥の世界の中心として、誰もが認める存在となっていた。
しかし、その心の奥底には、誰にも言えぬ小さな波紋が揺れていた。
(私が、本当に冥に受け入れられているのだろうか……?)
そう、刻まれた“冥の契り”の痕が、その証拠だった。
冷たくも温かい契りの刻印が、確かに彼女の胸に存在し、冥の命と一体になっていることを告げていた。
それでも――その胸に、どうにも違和感のようなものが芽生えつつあるのを、彼女はまだ知らなかった。
民たちの期待の視線を受けて、雪白は静かに言葉を紡ぐ。
「皆さま……今日も、冥の流れが穏やかでありますように」
その声音は柔らかく、それでいて強い芯が宿っていた。自らが守るべき者たちの未来を願う祈りでもあった。



