冥界の深夜。星なき空に冥火の光が浮かび、冥華殿には静謐な緊張が漂っていた。

 その日、冥の王・夜叉丸と、冥の王妃となるべき娘・雪白の正式な婚儀が執り行われるはずだった。

 だが、雪白の胸の内は複雑な思いに満ちていた。
 絢爛な花嫁衣装に身を包んだ彼女は、鏡の前で静かに自分と向き合う。


 「……これが、私」


 白い頬に薄紅をさし、目元には藤色の影。自らが着るには、あまりに美しい衣。

 この日が来ることを、夢にすら見なかった――
 ただ、生きることさえ許されぬ日々が長かったから。



 (わたしが……夜叉丸様の隣に立っていいの? 本当に?)
 


 胸元に手を添える。そこには、冥の契りが脈打っている。

 けれど、不安がないわけではなかった。
 この日を妬む者は、神界にも冥界にもいる。

 “花嫁”になった途端に背負う責任と立場が、彼女の小さな背中に重くのしかかっていた。