◆ ◆ ◆


 「冥の君。神界より、“正式な婚儀の儀”を執り行うため、儀の花嫁を遣わしました」


 朝霧は静かにそう述べた。穏やかな口調、けれど瞳の奥には鋼のような光が宿っている。


 「冥と神の均衡を保つには、冥の君が神界に認められる花嫁を娶る必要がございます」


 夜叉丸はその言葉に、ただ冷ややかに微笑んだ。


 「俺の花嫁はすでに決まっている。雪白、それ以上の者はいない」

 「ですが、彼女は“神に祝福されぬ者”です。加護も持たず、神歴にも名を刻まれておりません」


 その言葉が、雪白の胸に鋭く突き刺さった。


 (……そう、私は“選ばれなかった”者)



 だが、夜叉丸の瞳は微塵も揺るがない。その瞳に映るのは、ただ一人、雪白だけだった。


 「神歴など、冥には不要だ。俺の冥には、俺のただ唯一の花嫁がいる。貴様の申し出は、受けぬ」



 だが、それで終わりではなかった。
 神子・朝霧は、そのまま冥華殿に滞在することとなった。


 「神界との協調を名目に、“冥の習俗”を学びたい」と言うのだった。


 最初こそ、雪白も彼女に礼を尽くそうとした。だが朝霧は、雪白の務めに少しずつ、自然な顔で入り込んでくる。


 「冥の供花の献上、わたくしが代理で行いましょう」
 「冥の子らとの謁見も、光と闇の均衡を学ぶ良い機会かと」


 そうして、雪白の「役目」は徐々に減らされていってしまった。