◆ ◆ ◆ 

 

その数日後。

冥華殿に、神界から使者が現れた。

銀の衣、香の雲をまとい、ふわりと姿を現したのは――天斎(てんさい)と名乗る神界の下級神。

「冥の君。……あなたの姫に、現世の“春祭”へご出席願いたい。これは、神と冥の友好の証として――」

「……ふん。今さら媚びを売りに来たか。神界の言葉など、信じぬぞ」

「されど、拒めば……冥と神との断絶が明らかになります。現世での“冥の姫”の噂も、増すばかり」

天斎の目は雪白に向けられていた。
その視線は、何かを“試す”ような、侮るような光を孕んでいる。

「……わたくしが出れば、冥と神の関係が穏やかになるのでしょうか」

雪白が前に出る。夜叉丸がすっと腕を差し出し、彼女をかばおうとした。

だが――

「……出ます。私が出れば、冥が笑われずに済むのなら」

その言葉に、冥の家臣たちがざわめいた。
夜叉丸は微かに目を伏せたまま、低く言った。

「……その道は、棘の道だぞ。分かっているな?」

「はい。冥の誇りを、私が守ります」

 

こうして、雪白は“春の大祭”に冥の姫として出席することとなった。

 

だが、それは――霞と比左古が張り巡らせた罠の始まりだった。

 

冥花の姫として迎えた現世の春祭。
雪白は夜叉丸の加護を纏い、厳かな装束で社の前に立っていた。

 

「さあ、姫様。緊張など無用。己の誇りを胸に、舞台に立て」

夜叉丸が静かに囁き、雪白の背を押す。

 

霞は、御前で冷笑を隠さずに待ち構えていた。
華やかな衣装に身を包み、傍らには比左古が控えている。

「みなさま、この方が“冥の姫”雪白様でございます――」

霞の声は清らかだが、その瞳は毒々しい光を帯びていた。

「ご存じの通り、雪白は加護を持たず、我が家の落ちこぼれ。しかし今は、冥の君の妾となり、異界の力に溺れております」

「なんという不浄……」

比左古が同調の笑みを浮かべる。

 

しかし雪白は静かにその場を見渡した。

(私は、ここにいていいのだ)

胸の奥の誇りが、静かな力となり全身を包んだ。

 

そのとき、霞が呪詛を唱え、舞台を赤黒い霧が包み込んだ。

「これより“断罪の儀”を開始する――!」

 

しかし、雪白の胸の中で冥の力が目覚めた。

「冥の誇りを侮る者どもよ、聞け」

 

突如として霧が光に変わり、霞の周囲に激しい風が吹き荒れる。

霞の衣ははためき、比左古は動揺の色を隠せなかった。

 

夜叉丸の声が響く。


「邪なる魂を祓い清めるは、我が花嫁の務め」