今、自分が身にまとっているのは、現世の薄汚れた振袖ではなかった。
漆黒の絹に、藤の花があしらわれた、冥の婚礼衣装――。
袖を撫でると、ほのかに花の香りがした。
「……これは……」
「貴様のために用意した衣だ。冥の花嫁としての装い」
「……私が……花嫁……」
その言葉に、雪白は小さく震える。
信じられない。でも、確かにこの身はあたたかく、この空気は穏やかだ。
「――怖くないのか?」
夜叉丸が問うた。
その声音には、どこか慎重さと、ほんの微かな期待が滲んでいた。
「……怖い、けれど……ここにいて、いいのなら……」
「貴様は俺の花嫁。誰にも否定させぬ」
夜叉丸の言葉に、雪白の胸が締め付けられる。
こんなふうに、自分を肯定してくれる存在が、かつていただろうか。
「……私なんかが、ほんとうに……?」
雪白はぽつりと呟いた。
夜叉丸は静かに歩み寄り、彼女の前に膝をついた。



