夜叉丸の手が、ゆっくりと彼女の肩に触れる。
 その瞬間――雪白のなかに、黒い夜空と、花の香りが流れ込んだ。

 脳裏に焼きつくような情景。

 白い藤。黒い牡丹。夜桜が舞い散る庭。 

 どこか懐かしくて、切なくて、けれど恐ろしくも美しい――冥の庭園。

 

 「これは……」

 「貴様が眠っていた場所。貴様が、愛されていた場所。俺が、お前を娶った夜の記憶」

 「…………!」

 思い出せないのに、涙が零れた。

 身体が自然と震える。心が、過去の何かに触れて、熱を帯びていく。

 (これが……私の“いた場所”?)

 誰にも見つけてもらえなかった場所から、ずっと、誰かが呼んでいた。

 

 「……私は、貴方の……花嫁だったの?」


 雪白が掠れた声で問うと、夜叉丸は頷いた。


 「魂は生まれ変わり、肉体は移り変わる。それでも、俺の目は、ずっと“貴様”を探していた」

 「そんな……」

 「そして、ようやく出逢えた」


 夜叉丸の声音が、ほんのわずかに和らぐ。


 「名を呼ぶな。己を否定する声で。その名は、俺の花嫁の名。俺の“雪白”だ」