「じゃ、俺帰るよ」

 駅まで送ってもらった後、足りなくなっていたICカードに千円札を吸い込ませ、遼に向き直った。改札を通って帰るだけだというのに、遼は少し思い悩んだような仕草をとる。

「何?」
「あー……いや……そういえば最近どうだって聞いてないなって」
「なにそれ」

 ふ、と軽く笑い飛ばすと、遼は更に困ったように視線を彷徨わせた。

「……いや、そういや聞くの忘れてたなって思い出して……」
「何の説明にもなってないじゃん」

 それでも、何の話を求められているのか、なんとなく分かる気がした。

「……楽しいよ」

 そしてその返事を、不審がられることはなかった。

「楽しいよ、大学。サークルもほとんど毎日出てるし」

 ガタン、ガタンと、「雲雀ヶ丘 普通」の阪急電車がやってきた。そうか、梅田行のホームは反対側か。

「……ずっと忘れられないって思ってたけど──忘れてないけれど、忘れるもんだね」

 まだ、まだ、ずっと話していたいような気がした。ずっと一緒に過ごしてきた十数年が、これから塗り替えられてしまうような気がしたから。いまの自分の答えが、その直感の裏付けだったから。もう一緒に季節の移ろいを感じることはないのだと、知ってしまったから。

「じゃあね、また年末に」

 でも、もう帰ろう。

「……あぁ」

 またすぐ会える。それでも名残惜しく感じるのは、揃って秋の寂寥(せきりょう)にてられでもしたからだろう。

 踵を返し、改札をくぐり、振り返って手を振った。軽く手を挙げて応えた幼馴染に再び背を向け、歩き出す。

 「梅田 急行」の電車は幸いにも空いていて、座席にゆっくりと座り込んだ。なんとなくスマホを取り出し、一年前のアルバムを遡る。

 高校のときに撮った写真が、そこには連なっていた。どれもこれも、今でもはっきり覚えている。どんな時に撮ったのか、側に誰がいたのか、その誰かとどんな話をしていたのか。全部、全部、鬱陶しいくらいに覚えている。

 ただ、どれも、どこかセピア色。

 その事実には少しだけ寂しさが忍び寄るけれど、どこか安心できる気もした。スマホはポケットにしまい込み、腕を組んで、窓の外に目を遣る。

 きっと、こうして、俺達は忘れていく。

 忘れるなど思いもしなかった、忘れるはずがないと信じていた鮮やかなものを、少しずつ、少しずつ、俺達は、忘れていくのだろう。それが優しい色でも──哀しい色でも、その上に、新しい色を重ねて。

 苛烈な想いさえも、いつしか、想い出に褪色(たいしょく)させて。

 まるで恋をするように、褪色した想い出に耽る。

 ガタン、ガタン、と石橋を発つ電車の音が聞こえ始める。それを最後に、そっと目を閉じた。