「何って、学祭に遊びに」
「いやそうじゃなくて腕のほう」

 俺の肩に回されている腕のことだ。

「だって後輩ですもん、僕の」
「……マジ?」
「マジです」
「え、え、マジか!」

 彼方兄さんの顔は驚きと一緒に嬉しそうに変わり、なぜか俺の背中がバシバシと叩かれた。痛い。

「え、今期最大にびっくりした! マジかよ、雪斗と総くんが知り合いとは思わなかったわ! 世間狭いな! あ、コイツ、高校の後輩なの。一個下」

 だからなぜそこで叩くのが俺の背中なのか。先輩はひょいと俺の肩から腕を外し、遼に向き直った。

「名前聞くまで弟さんとは分かりませんでしたよ。似てないですね」
「あー、よく言われるよく言われる。俺は母親似なんだけど、弟は父親似なんだ」
「先輩と違って真面目そうですねぇ」
「失礼なこと言うなよ、そうだけど。で、何、お前一人で来たんじゃないだろ?」
「当然。後輩見かけたから声かけに来たらついでに先輩の弟さんもいたってだけです。ていうか先輩、いま入試じゃないんですか?」
「そーなんだよね、来週から二週連続なんだよね。嫌になる」

 それなら今から俺達と学祭で遊ぶべきではないのでは? (と多分遼)はそう思ったけど、口には出さない。

「でも余裕でしょ」
「余裕じゃねーよ。お前も来年こうなるんだからな」
「僕は余裕なんで。じゃ、また年末お会いしましょう」

 大学が同じ俺には「じゃーな、また来週」と軽い挨拶をして、先輩は彼女のもとへ戻っていった。帰省で必ず会う約束をするなんて、よっぽど仲が良いらしい。

「いやー、世間って狭いな。まさか雪斗と総くんが先輩後輩とは思わなかった」
「だね。地元が近いってことは知ってたけど、まさか共通の知り合いまで、しかも普通に仲が良い知り合いがいるとか」
「それ。てかアイツ誰と来てんだろ、友達かな」
「いや、彼女と来てるってどや顔してた」
「マジ? 俺も会いたかった……」
「お前にだけは彼女会わせたくねーと思うけどな」

 女とくれば雌犬でも口説く勢いだ、その気持ちは分かる。彼方兄さんは心外そうに「えー、なんでだよ」と口を尖らせるが、自分の胸に手を当てずとも分かるはずだ。

「で、後輩のとこ顔出すんだろ。とっとと焼き鳥買おうぜ」
「無粋だな、弟よ。もっと学祭を楽しめ」
「別に、楽しんでるけど」
「例えばそこにミニスカポリスがいるだろ?」
「だったら何だっていうんだよ! お前マジでいい加減にしろよ!!」

 一に女子、二に女子、三に女子とはこのこと。憤慨する遼に引きずられるようにして焼き鳥の屋台へ向かう彼方兄さんは、それでもやっぱり懲りずに女の子から声を掛けられる度に立ち止まった。

 サークルの屋台の前に来たって、態度は同じ。後輩だという女子たちから黄色い声で誘われて、へらへらしながら俺達のぶんまで焼き鳥買って、食べるかどうか分からない鯛焼きも勝って、お釣りは要らないとお札を置いていく。後輩だから可愛がるのか、相手が女子だからなのか、はたまた単に気前がいいのか、よく分からないけれど、どうせ二つ目の理由が当てはまる気がした。

「お前何歳だよ。いい加減遊ぶのやめろよ」

 お陰で、三つも年が離れた弟にまで言われる始末。メインストリートを外れて、少し人が少ない場所で焼き鳥を食べながら、彼方兄さんは肩を竦めた。

「今日くらいいいじゃん、可愛い弟が二人いるんだから勉強なんかしてる場合じゃない」
「俺、彼方兄さんの弟になった覚えはないんだよね」
「つかその遊びじゃねーよ、彼女一人に絞れって言ってるんだよ」
「違うでしょ、一人には絞ってるけど長続きしないんでしょ」
「あー、そうだそうだ。彼女がいるのに他の女子にも優しくするから……」
「女は他の女子より自分を優先してほしいものなんだから。博愛主義は彼女の前では厳禁だよ」

 立て板に水のごとく説教を浴びせていると、「そんなの分かってるよー」と飄々とした返事をされる。その態度に呆れたのか、話題に興味を失ったのか、遼は「トイレ行ってくる」といなくなった。が、建物の入口で早速女子に絡まれている。あの有様だと中々戻ってくることはできないだろう。

「アイツ痩せたなぁ」
「そう? 別に分かんないけど」
「最後に会ったの春だからかな?」
「夏に会ったときからは変わらないけど」
「あ、桐椰せんぱーい」