「ていうか、大阪はあんまり景色変わらないね」

 京都に住んで半年も経てば、すごく四季を感じやすい街だと思う。少し歩けば神社仏閣が多いせいかもしれないが、なんとなく街中を歩いてるだけでも季節の変化が分かる。自分が和菓子屋をよく覗くせいかもしれないけれど、きっとそれだけのせいではない。やっぱり、足を延ばすまでいかない距離に、優しい自然の色があるから、町全体が無意識にその色に包まれているような気がしてしまうのだろう。

「電車乗ってるときから思ってたけど、日差しくらいしか変わるものがなさそう」
「そうだなぁ……山のほうは行ってないもんな」

 「修学旅行で来たのは十二月だったし、行ったのはUSJだったし」と言われて、そういえば二年前も関西には来たんだった、と思い出した。住み始めてからはすっかり我が物顔だったけれど、ついこの間までここは旅行先だったんだ。

「ま、普段京都に住んでるヤツからしたら何もねぇのかもなぁ」
「そうだねぇ……。(りょう)が住んでるとこは銀杏並木が綺麗なんじゃない? ほら、駅の正面」

 昔行ったことがあるので、(おさななじみ)の大学周辺は知っていた。

「あぁ、うん。春は桜がめちゃくちゃ綺麗だったし、今は秋が満開って感じ」
「大学のキャンパス内がそうなってるのは分かるけど、町全体っていうか、大学周辺までそうなってるのはいいよね。季節の移ろいを目で見れるっていうのは心を穏やかにする」
「何お前、病んでんの?」
「なんでだよ。俺が四季気にしちゃ悪い?」
「お前基本引きこもり体質じゃん、掛布団の厚さで季節計ってんだろ」
「お前、俺をそんな無粋な生き物だと十年近く思ってたの? 心外なんだけど」

 どこからがキャンパスなのか、山との境界も分からずに歩き進めて、漸く学祭の門をくぐった。そこから更にもう少し歩くと、視界に黄色がちらつき始める。

「あそこからメインストリート。学祭の屋台は全部そこだって」
「あぁ、そこがど真ん中なんだ」

 どうりで、綺麗だと思った──。思わずそうつぶやいた。

 赤褐色のレンガが敷き詰められたメインストリート。頭上の青に近い空にはいわし雲が広がり、夏とは違う、優しいコントラストを生んでいる。それなのに、それとは裏腹に、メインストリートには両翼を広げるのは、鮮やかな黄色の銀杏。

 大阪はあんまり景色変わらないね、なんて先程の陰口は撤回することにした。文句なしに綺麗な景色だった。

 そういえば、浪速大学の校章って銀杏なんだっけ。なんてことを思ったのも束の間、メインストリートに立ち並ぶ屋台に目を奪われてしまい、人混みを掻き分けるように歩きながら、早速食べ物を物色し始めてしまう。

「温かい飲み物ないかな。寒い」
「あ、ぜんざいあるじゃん」
「甘いなー……まぁいいか、喉乾いてるわけじゃないし」

 テーブルの上には碁笥(ごけ)が置いてあって、黒い碁石が入っているかと思えば、ちらほらと白い碁石も混ざっていた。ぜんざいに見立てているというわけだ。お陰で囲碁部の屋台なんだとすぐ分かった。

「あー、美味しそう……俺も買おうかな……」
「買う? 俺、多分全部は要らないから、適当に分けようと思ってたんだけど」
「あ、それいいな。そうしようぜ」

 碁笥の手前には、雨風を防ぐためにビニール袋に包まれた手作りのポスターがあって、何組かのカップルの絵と「カップルは五十円引き」との文字が描いてあった。確かに、このご時世、カップルの絵が一種類というわけにはいかない。そんなことを考えながら、定価のぜんざいを受け取った。

「あー、暖かい」
「少しくれ」
「ん。で、(くだん)の鯛焼きは? あ、小豆だらけだから焼き鳥のほうにするか」
「あ、待って、兄貴からLIMEきてた」

 渡した端からぜんざいのボウルを返された。白玉を食べながら隣のLINEを覗き込むと「図書館いる」と表示されている。

「図書館ってどっち?」
「確か……このメインストリートの中盤くらい」
「中盤……別にメインストリート通らなくても行けるんでしょ?」
「あー、そうだな、確かメインストリート入る前のとこ右に行けば……」
「一回戻って迂回したほうがいいんじゃない? 待たせるでしょ」
「いや、勉強してるだけでまだ出てないっぽい。図書館前来たら連絡くれって言ってるから」
「あの人勉強するんだ……」

 幼馴染の兄となれば、中学高校とのらりくらりと遊んでいたことも知っている。それが大学生になって突然勉強を始めるわけがない。机なんて粗大ゴミ行きにしたのだとばかり思っていた。いや、根が真面目なのは知ってるけど、それにしたって。

「んー、最近ちゃんとやってるらしい。院試受けるんだって」
「院試? 文系なのに珍しいね」
「なんか試験落ちたらしくて、弁護士なるんだったら院行かないといけないんだって言ってた」

 遼は、母親が弁護士だ。だから──というと語弊があるけど──遼の兄は弁護士になるのだろうか。遼はともかく、あの兄はいつもへらへら女の子と遊んでいるイメージしかない。そう考えると不思議な気はしたけれど、遼だって「弁護士かなぁ」と将来のことをぼやいていることがある。その疑問のような呟きに隠れた真意を問いただしたことはないけれど、二世なんてそんなものなのかな、とも思う。じゃあ二世じゃない人は──と考えると、頭にはサークルの先輩が浮かんだ。