そんなタイミングで待ち人が現れるものだから、「ん」と短く答えるだけになってしまった。それでも、幼馴染となれば慣れた態度と言わんばかりで、気にする素振りもなく座るだけだ。

「久しぶりだな、(そう)
「久しぶり、ってほどでもないはずなんだけどね」

 夏休みに帰省で会ったんだから。そう付け加えたけれど、久しぶりに感じたのは事実だ。いかんせん、去年までは毎年毎月毎日顔を合わせていた関係。会うたびに季節が一つ変わる、たったそれだけの間隔を妙に長く感じてしまう。

 そう、季節が一つ変わる。目の前では「ホットのカフェラテお願いします」なんて遣り取りも聞こえて、可笑しくて笑ってしまった。この間会ったときはコイツも冷たいジュースを頼んでいたのに、と季節を感じさせられて、つい。

「昼は?」
「食べてない。どうせ学祭でつまむかなって思って」
「そりゃそうだな。兄貴のサークルが鯛焼きと焼き鳥やってるって」
「なんでそんな二つもやってんの? 俺のサークル、タピオカジュースしか出さないよ。あの原価くそ安いやつ」
「んな夢ないこと言うなよ」
「ていうか、今日結構寒いよね。もう少し暖かい恰好すればよかったかな」

 店の中に入ってすっかり忘れてしまっていたけど、木枯(こが)らしでも吹いていそうな天気だ。窓の外を見るだけでぶるっと震えてしまった。

「俺もそのくらい暖かい恰好すればよかったな」
「なんだよ、貸さねーぞ」
「トレンチ持ってるし、そもそもプルオーバータイプのパーカー見て貸せなんて言うわけないだろ。どういう発想なの、それ」

 元々待ち合わせ場所でしかなかったので、二十分かそこらで席は立った。外に出るとやっぱり寒くて、ジャケットのポケットに手を突っ込みながら体を縮こまらせた。

浪速(なにわ)大まで、歩いてどのくらい?」
「十五分くらいじゃね」
「十五分……。なんでうちの大学といい、最寄駅がそんなに遠いんだよ」

 しかも、時間を潰していたカフェは駅から見て西口側だったのに、浪速大学の場所は逆ときた。どうやら駅を挟んで東西に分かれているらしく、俺達がいた西口側からは商店街の中を通って駅を迂回(うかい)しなければ大学へは行けない。挙句、駅を迂回するとなれば当然踏切を越えなければならず、運悪く遮断機の下りる音が聞こえてきた。まだ二、三分しか歩いてないのにもう寒くなってきた、早く暖まりたい、そんなことを考えながら立ち止まる。

「いつから大阪来てるの?」
「金曜から。お前は学祭ねーの?」
「うちは月末だからね。そっちは?」
「俺も月末。あんまでかくねーけどな」
「まぁ、学生の数少ないとそんなもんじゃない。単純計算半分以下でしょ、理系がないんと」
「そうだなぁ。こっちは商学部はあるけど、そっちは総人あるし……って考えると、まぁ半分以下か」
「少なくともキャンパス内に理系がいないのはいいと思うけどね。アイツらとにかく規模が大きくなるからキャンパスも広くなって、移動が辛くて仕方ない」

 そんな話をしているうちに電車が一本通過したのだけれど、遮断機は持ち上がろうとしない。駅のほうへ視線を移せば、「梅田 普通」の阪急電車が止まっている。これまたやっぱり動く気配はなく、漸く動き出したかと思えば、トロトロなんて擬態語がぴったりくる鈍さ。遮断機が上がる頃には、待ち人の渋滞が起こっている始末。

「……長くない?」
「タイミング悪いとな。兄貴がこっち側に住んでるんだけど」

 こっち側、というのは商店街側のほうだ。

「朝、一限の英語があるときに引っかかるとやばいってよく言ってた。坂道ダッシュする羽目になるからって」
「あぁ、すごい目に浮かぶ」

 幼馴染の兄となれば、それだけで表情から行動まで容易に想像できてしまう。遮断機が降りてしょげかえり、あまりに上がらない踏切に段々と困惑し、踏切が上がってから仕方なさそうに走り出す。思わず笑ってしまった。

「ていうか、坂道ダッシュって。坂道っていうか整備された山じゃん」

 そして、これから目指す学祭が行われている浪速大学は山の上だ。平地上の大学に通っている俺達としては、(そろ)ってげんなりするしかない。

「前言撤回、寒いくらい涼しくてよかった。夏日だったら絶対汗かいてた」
「だな。実際夏はしんどいらしいし」
「楽な道ないの?」
「反対側なら車で行ける」
「ないと同義だね。こんなことのために車借りるのもタクるのも馬鹿馬鹿しくてやってられない」

 整備されたこのコンクリートに影を落とすのが、せめて紅葉なら、いい散歩道程度には思えたかもしれない。ただ、残念ながら常緑樹ばかり。人工的に選択したのだとしたら、見栄(みば)えより清掃の手間を優先したせいだろう。そうなれば仕方がない。