手に取ろうとしたカップは、熱すぎて触れることができなかった。

 立ち上る湯気によれば飲み頃なのだけれど、さすがに淹れたては厳しい。仕方なくコーヒーは暫く冷ますことにして、ふと、窓の外を見た。

 今年の夏も、暑かった。夏の気温は、毎年史上最高気温を更新していく。もうこの国の──この世界の夏が、うだるように暑い以外ありえないことくらい分かりきっている。外に出るだけで全身が熱気に包まれ、(むしば)むような陽光に肌を焼かれ、じんわりと汗が滲む。嫌気が差すほど眩しい太陽は、そんなこちらの気も知らずに、まさにギラギラなんて擬態語がぴったりくる。

 今年だってそうだった。自転車を押しているだけで額には汗がいくつも玉を結んで、ほんの僅かな距離に息は上がって、あまりにも苛烈な熱線には目が焼かれてしまいそうだった。ついこの間まで陽気な春だったのに、いつの間にか鬱陶しいほどの雨と湿気に苛まれて、気付いたらこの有様だ、とぼやいた。

 毎年毎年、夏が来るたびに、今年も暑そうだ、と思う。それでも、本格的な夏に突入する度に、死ぬほど暑い、と思う。去年の夏などすっかり忘れて、夏ってこんなに暑かっただろうか、と嘆く。毎年毎年、暑くて暑くて堪らなくて、それでいて次の夏が来るまでその暑さは思い出せない。喉元過ぎれば熱さ忘れるがごとく、夏が過ぎるとその暑さは忘れてしまう。それでも、今年はさすがに忘れないと思った。あまりにも暑くて、暑くて。ニュースでも史上最高記録を更新したと言っているし、実際こんなに暑かったことなんて今までなかったと思った。それくらいあの熱は鮮烈だった。毎年毎年忘れるけど、今年は忘れるはずがないと思った。

 そう、思っていた。

 窓辺に飾られているのは木の実付きの小枝とリスのぬいぐるみ。ついこの間までは別の、何か夏を思わせるものだった気がするけれど、何だったか……。

 窓の外に見える風景は住宅と店舗ばかりで、歩く人の姿以外に季節を感じさせるものはない。ついこの間までは半袖でも暑いといわんばかりの人ばかり、日傘とサングラスさえありふれていた。それが、いつの間にか半袖だと夕方は少し寒いから上着を持つようになって、気が付けば朝から上着を着るようになって、いつの間にか半袖で歩くと少し季節外れで浮くようになっていた。今となっては長袖もカーディガンも当たり前だし、ベレー帽を始めとして、防寒具ではないにしろ、ちょっとした装飾用の帽子が目を引く。

 今だってそうだ。机の上に視線を戻せば、あるのはホットコーヒー。ついこの間まではアイスコーヒーしか頼まなかったし、冷たくなくなる前にすぐに手を伸ばしていた。それなのに、今となっては迷わずホットコーヒーを頼むようになったし、温かい程度になったカップは、こうして両手で包み込むと暖を取るのにちょうどいい。まさにぬくもりと呼ぶべき温かさが心地よくて、ほう、と一息つき、やっと一口飲んだ。

「悪い、待たせた」