自信たっぷりな暴露に、ユリウスは肩を揺らし、目を瞠る。それに裏切りを咎められているようで、クラリッサは視線を背けた。

「騎士団長ならご存知だろう、“聖女”の力を。あらゆる疾病を治癒する万能の力を持つ存在だ。しかもその力は、かつて女神を射落とし、その加護をものとした我が帝国の女にしか与えられない」
「…… “聖告(せいこく)”を受けた者に与えられ、その者が力を失うとまた別の少女が“聖告”を受ける」
「そのとおり、よくご存知だ。クラリッサはその“聖女”だ」

 ユリウスはクラリッサを見つめようとするが、俯いている彼女のつむじしか見えない。

 一方、エーヴァルトは、視線を背けてもいいと思われるほど見縊られていることに気が付き、口に苛立ちを滲ませた。

「……数年前、我々はクラリッサの力を見出し、皇族へと迎え入れようとした。しかしもとより皇族に入るのが目的であったのだろう、以来彼女は誰も救おうとせず、“聖女”の力を求めて来る者から財を巻き上げるばかり」

 そんなことはない。反論したかったが、体が震え、声すら出なかった。

「クラリッサは“聖女”の力を出し惜しみ、私達の懇願にも関わらず頑として誰の治療もしなかった、この帝国の宰相さえな。そして“聖女”の力を持ったまま姿を消した、この意味が分かるか?」
「……帝国は“聖女”の力が欲しいという話ですね」
「そのとおり“聖告”を受けるのはただ一人のみ――つまり帝国には“聖女”は二人生まれない。クラリッサが“聖女”の力を使わないのは勝手なことだが、しかし力を使ってもらわねば次の“聖女”が現れない」
「……なるほど、殿下のおっしゃることはよく分かりました」

 そっと、ユリウスの手が肩の上に乗った。まるで引き渡そうとするかのようにその手には力が籠り、クラリッサはさらに顔を伏せた。

「例えば陛下が重要な公務の最中に急病に倒れた場合、それを他国に知られれば攻め入られる隙となるが、“聖女”がいればその心配はなく、むしろ他国にとって“聖女”という脅威を見せつける機会となる。応戦する騎士団も、“聖女”さえいればどんな傷も恐れなくていい。確かに、欲しいわけだ」
「さすが騎士団長、よく分かっている。クラリッサは帝国繁栄に不可欠だ」

 エーヴァルトも、引き渡されようとするかのように一歩前に出た――が、ユリウスがその手を放すことはなかった。

「実にくだらない」
「……何?」

 逆に、肩を抱き寄せ、庇うように自分の後ろにやる。

「そんな国など、滅んでしまえばいい」
「貴様何をッ――」

 エーヴァルトが反駁のため口を開いた瞬間、タァンッと軽やかに眼前に刃が振り下ろされた。ユリウスの剣だ。あと一歩前に出ていれば、脳天から股まで貫かれていただろう。床に突き刺さった白刃は、エーヴァルトの前髪を数本散らしながら、怯えるエーヴァルトの姿を反射していた。

「一人から“聖女”の力が失われても、新たな“聖女”が現れるからそれでよい――そうして次々少女を食い潰すのか? 少女を食い潰すことは帝国にとってなんら損失ではないから構わないと? そのブラウスを悲しみの色に染めるから許せと? 馬鹿げている」

 剣が引き抜かれ、切っ先がゆっくりとエーヴァルトの腹から胸までなぞった。身を震わせたエーヴァルトを、ユリウスは鼻で笑う。

「“聖女”が帝国に不可欠というのなら、この贅を尽くした体は帝国に不要だろう。王宮の飾りより川辺の土嚢(どのう)となるほうが有意義かもしれんな」
「き……貴様ッ……」

 心臓に切っ先を突き付けられたまま、エーヴァルトは必死に喉を震わせ、激しく目と眉を動かした。

「私を誰と心得る! たかが一介の騎士団長が不敬であるぞ!」
「なるほど確かに、頭に不治の病を抱えていらっしゃるらしい。皇子殿下はお勉強なさらないのか、皇帝陛下は自ら御しきれないからこの地を辺境伯に任せ、その辺境伯もまた自ら御しきれぬがゆえに求めたのが我々騎士団であると」

 その騎士団長ともなれば、皇子と名乗られたところで頭を下げ媚び諂うほど弱い立場にない。血筋の威厳が通用しないと分かったエーヴァルトは、壁紙よりもぴたりと壁に張り付いた。

「もちろん、今ここで無抵抗の貴様を切り捨てれば俺の首はない。だが大義名分をくれるのであれば喜んでお相手する」

 騎士団長という肩書のみならず、鍛え抜かれた体躯は服の上からでも分かる。護衛は既に地に転がり、エーヴァルトを守ってくれるのは飾り剣のみだ。

「ッ……後悔、させてやるぞ」
「子々孫々かけて呪うのか? 日々震えながら鍛錬に励むとしよう」

 ユリウスが剣を引き、しっかりと鞘に納めた後、エーヴァルトはその背を壁から剥がした。髪と肩についた埃を乱暴に払い、苦々し気に扉を蹴り上げて出て行った。