「あ、やば」
ついでに声も上がったせいで、みんなの視線が一斉に集まる。注目されたところで、松隆は、慌てたようにカバンの中を探る。拍子に、机の脇にかかっていた紙袋が金具から外れ──バラバラバラッと紙袋の中に入っていた色とりどりの箱が雪崩でた。
「松隆!」
カバンの中から携帯電話を取り出した松隆の名前を、武田先生は嬉々として叫んだ。私の不要物なんてどうでもよくなったみたいに、乱暴に私のカバンの中にチョコレートを戻す。
「なんだそれは」
「携帯電話です。あとは、そうですね、午前中に貰い終わったチョコレート?」
ゲーム機に比するレベルの不要物と校則で解されている携帯電話は、武田先生にとっては思わぬ収穫だっただろう。数十個にものぼるバレンタインチョコの数々を「拾って、全部教卓に置け」と怒りながら、真っ先にその手で取り上げたのは携帯電話だった。
「携帯電話は持ってくるなと、毎学期の全校集会で教えてるだろ」
「そうですね、すいません。でも高級品なんで、放課後には返してください」
「少しは反省しろ! 不要物を持ってくるなと何回言えばわかるんだ! こんなにお菓子も持ってきて……」
「これは貰ったんです。先生にはご経験がないので分からないのでしょうか?」
怒髪天を衝いたってやつだな、髪だけにな──そんなコントを思い出すような、失礼どころではない煽り文句だった。挙句、相手が松隆というだけで堪忍袋の緒なんて切れていたようなもの、武田先生はすぐさま松隆をガミガミ叱り始めた。叱る内容だってくだらないものだ、女の子からちょっと人気があるからって調子に乗るな、大体その髪の色はなんだ、何回注意すればわかる、そうやっていつでも教師を見下したような態度をとって、今からでも高校入学は取り消せるんだぞ、とか。
「放課後、生徒指導室に来い。いいな!」
「困ります、委員会があるんで」
「委員会よりこっちのほうが大事だろ!」
「僕が叱られるのは私事ですから。他の人に関係する委員会のほうが大事でしょ?」
相手が松隆でなければ少しはしょげ返ったかもしれないけれど、相手は松隆だ。飄々とした態度で叱られ続け、それが余計に火に油を注ぐ。怒り狂った武田先生は今すぐ松隆を生徒指導室に連れていくことに決めたらしく、「自習!」と言い捨てて松隆の携帯電話と、松隆が貰った大量のチョコレートの紙袋を手に、松隆を廊下へ連れ出した。
武田先生の声が聞こえなくなった後、静まり返った教室で、こっそりと何人かの女子が立ち上がり、教卓の上のチョコレートを回収した。没収すると息巻いて教卓に持っていったところまではよかったけれど、松隆という格好のカモがネギを背負っていたどころか自ら鍋に入る勢いだったせいで、口実のことはすっかり忘れてしまったのだろう。女子が「松隆くんありがとう……」「松隆くん、貰ってた側だから悪くないのにね……」「ていうか、武田が持って行った中に私があげたチョコレートあったんだけど……」と口々に松隆に感謝するなり同情するなり、とんだ巻き込み事故に呆然としたりしていた。
そして、私の恥は、松隆のパフォーマンスに上書きされた。
そう、パフォーマンスだ。松隆の携帯電話のバイブレーションは、あまりにもタイミングが良かった。
もしかしたら、松隆は、わざとバイブレーションを鳴らしてくれたのだろうか。携帯電話を持っていないから分からないけれど、そんなことができるのだろうか。武田先生の前であんな風に慌てる松隆も、らしくない。ということは、私を庇って──。
というところまできて、慌てて考えるのをやめた。被害妄想ならぬ擁護妄想とでもいうべきか、それもここまでくるとイタイ。あれは偶然だ。この間、図書室で鳴ったように、偶然、運悪く、バイブレーションが鳴っただけだ。そうに違いない。私はただ、松隆のお陰で私の醜態をさらされる時間が短くなったことにだけ安心していればいい。
ついでに声も上がったせいで、みんなの視線が一斉に集まる。注目されたところで、松隆は、慌てたようにカバンの中を探る。拍子に、机の脇にかかっていた紙袋が金具から外れ──バラバラバラッと紙袋の中に入っていた色とりどりの箱が雪崩でた。
「松隆!」
カバンの中から携帯電話を取り出した松隆の名前を、武田先生は嬉々として叫んだ。私の不要物なんてどうでもよくなったみたいに、乱暴に私のカバンの中にチョコレートを戻す。
「なんだそれは」
「携帯電話です。あとは、そうですね、午前中に貰い終わったチョコレート?」
ゲーム機に比するレベルの不要物と校則で解されている携帯電話は、武田先生にとっては思わぬ収穫だっただろう。数十個にものぼるバレンタインチョコの数々を「拾って、全部教卓に置け」と怒りながら、真っ先にその手で取り上げたのは携帯電話だった。
「携帯電話は持ってくるなと、毎学期の全校集会で教えてるだろ」
「そうですね、すいません。でも高級品なんで、放課後には返してください」
「少しは反省しろ! 不要物を持ってくるなと何回言えばわかるんだ! こんなにお菓子も持ってきて……」
「これは貰ったんです。先生にはご経験がないので分からないのでしょうか?」
怒髪天を衝いたってやつだな、髪だけにな──そんなコントを思い出すような、失礼どころではない煽り文句だった。挙句、相手が松隆というだけで堪忍袋の緒なんて切れていたようなもの、武田先生はすぐさま松隆をガミガミ叱り始めた。叱る内容だってくだらないものだ、女の子からちょっと人気があるからって調子に乗るな、大体その髪の色はなんだ、何回注意すればわかる、そうやっていつでも教師を見下したような態度をとって、今からでも高校入学は取り消せるんだぞ、とか。
「放課後、生徒指導室に来い。いいな!」
「困ります、委員会があるんで」
「委員会よりこっちのほうが大事だろ!」
「僕が叱られるのは私事ですから。他の人に関係する委員会のほうが大事でしょ?」
相手が松隆でなければ少しはしょげ返ったかもしれないけれど、相手は松隆だ。飄々とした態度で叱られ続け、それが余計に火に油を注ぐ。怒り狂った武田先生は今すぐ松隆を生徒指導室に連れていくことに決めたらしく、「自習!」と言い捨てて松隆の携帯電話と、松隆が貰った大量のチョコレートの紙袋を手に、松隆を廊下へ連れ出した。
武田先生の声が聞こえなくなった後、静まり返った教室で、こっそりと何人かの女子が立ち上がり、教卓の上のチョコレートを回収した。没収すると息巻いて教卓に持っていったところまではよかったけれど、松隆という格好のカモがネギを背負っていたどころか自ら鍋に入る勢いだったせいで、口実のことはすっかり忘れてしまったのだろう。女子が「松隆くんありがとう……」「松隆くん、貰ってた側だから悪くないのにね……」「ていうか、武田が持って行った中に私があげたチョコレートあったんだけど……」と口々に松隆に感謝するなり同情するなり、とんだ巻き込み事故に呆然としたりしていた。
そして、私の恥は、松隆のパフォーマンスに上書きされた。
そう、パフォーマンスだ。松隆の携帯電話のバイブレーションは、あまりにもタイミングが良かった。
もしかしたら、松隆は、わざとバイブレーションを鳴らしてくれたのだろうか。携帯電話を持っていないから分からないけれど、そんなことができるのだろうか。武田先生の前であんな風に慌てる松隆も、らしくない。ということは、私を庇って──。
というところまできて、慌てて考えるのをやめた。被害妄想ならぬ擁護妄想とでもいうべきか、それもここまでくるとイタイ。あれは偶然だ。この間、図書室で鳴ったように、偶然、運悪く、バイブレーションが鳴っただけだ。そうに違いない。私はただ、松隆のお陰で私の醜態をさらされる時間が短くなったことにだけ安心していればいい。



