「……は?」

 ──松隆は、唐突に、私の思い描いていたラストを、ぶった切った。

 何が起こったのか分からなかった。いや、何を言われたのか分からなかった。頭が混乱し、「え、いや、ちょっと待て、待て待て待て」と意味の分からないことを口走った。

「ちょ、何言って……は?」
「んー、だからね、俺、姫城さんのことが好きなんだよね。だから他の女子から貰ったバレンタインのチョコレートが武田に没収されてるとか、正直クソほどどうでもよくて」
「だから待てよ!」

 そんなことを説明してほしかったんじゃない。そうじゃない。そういう話じゃない。

 じゃあどういう話? そう言われると分からない、けど、いや、待て。

「え、いや、だから……何が……」
「……ごめん、どこらへんが通じてないの?」

 いや、何もかも通じてないだろそんなの。

 今、私の中ではエンドロールが流れてたんだ。私のバレンタインと私の初恋よさようならと。まだまだ幼稚な恋は儚いものでした、グッバイ、そんなポップなキャッチフレーズでもつけないとやってられない、半ば自棄のようなエンドロールが流れていたんだ。それがなんだ。お前はなんだ。

「いや……何もかも……」
「何もかも……って言われると困るんだけど。どこらへんが好きか言えばいい? 言ってもいいけど言った後にフるのはナシね」
「いやそういう話じゃなくて! いや私が松隆をフるとか有り得ないけど!」

 思わず口走った後で、しまった、と気づいた。松隆をフるなんて有り得ない、なんて、告白と同義だ。

 でもまだ松隆は困った顔をしている。何も通じてないなー、と言わんばかりだ。でも私の頭はまだ追い付かない。松隆の言葉を何一つ処理していない。

「え……だ、って、松隆、そんなにイケメンで……」
「イケメンだから姫城さんのこと好きになるはずがない? そんなわけないでしょ」
「……私、とは、図書委員が同じだっただけで……」
「それだけだと思われてた? 傷つくな、話さない日ないくらい話してたじゃん。図書委員だけじゃなくてさ、昨日見たテレビがどうとか、この間のテストがどうだったとか、彼方(かなた)と昔やった馬鹿話もめちゃくちゃしたし」
「……めちゃくちゃにモテるし」
「それは姫城さんを好きなのと関係なくない?」
「……私の、困るって……」
「ん?」

 半ば呆れたように、淀みなく答える松隆の前で、息が詰まった。だって、昨日の今日ならぬ今朝の今だ。泣き出しそうだった。やっぱり、私は、松隆とこの関係のままで十分だなんて謙虚になれてない。あの時の松隆のセリフを思い出すだけで、こんなにも苦しくて悲しくて、泣き出しそうだ。

「……私から、チョコレート貰ったら、困るって言った……」
「えー、そりゃ、困るよね」

 なんで。

「だって、バレンタインのチョコって、実質告白じゃん。何人かに配ってたらまだしもさ、姫城さんがクラスの男子に配るなんて想像できないから、まあ現にしないって言うし、そういう姫城さんが俺にしかくれないってことは、もう俺に対する告白だろ?」

 私が想像した通りの回答だった。それが困るってことは、告白されたら困るってことなんだから、それは、好きじゃないから迷惑だってことじゃないのか。

「俺、好きな子には告白したいから」

 ──告白されたら、困るって。

「それなのに、先に告白紛いのことさせるのは、俺がヘタレじゃん? 勝率の低い賭けはしないタイプではあるんだけどさ、だからって出来レース走りたいわけじゃないんだよ、俺は」

 困る、って、そういう。

「だから、姫城さんに先手打たれるのは困るなって思ってた」

 なぜか、じんわりと目頭が熱くなった。一瞬で溢れた涙に眼前を歪められたし、堪えようとするほど思考も回ってなくて、躊躇うことなどないように、涙が零れた。

 でも、恥ずかしいわけでも、惨めなわけでも、悲しいわけでもなかった。

「……他は? 通じてないことは? 聞きたいことは?」

 声が出なくて、震えるように首を横に振った。

「そう。じゃ、もう一回言うけど」

 それに安堵したような表情になって、松隆は少しだけ笑った。

「俺は、姫城さんのことが好きです」

 私が誰かを好きになるなんて、恥ずかしいことだと思っていた。

「あわよくば付き合いたいと思ってるので返事をくれると嬉しいです。ちなみにここまで言わせてフラれるととても落ち込むので、できればフラないでください」

 答えなんて分かりきってるようなおどけた言い方に、笑ってしまった。拍子にまた目に溜まっていた涙が零れてしまった。

「……私も」

 私が誰かを好きだと言うなんて、惨めなことだと思っていた。

「私も、松隆が好きです」