放課後、委員会では、松隆に予告されていた通り、新しく増やす蔵書のことが議題に上がった。隣に座った松隆は、興味なさそうにそれを聞いていて、ふと思い出したように「あ」と小さく声を上げた。

「何だよ」
「いや、蔵書、入れてほしいの書いたけど、冷静に俺達卒業じゃん」
「ああ、確かに」
「意味なくない?」
「そうだな」
「もしかして気付いてた?」
「いや全然。今言われるまで何も考えてなかった」
「卒業までに仕入れてくれるかな……」
「まぁ、厳しいだろうけど……存外、花咲高校に置いてあるんじゃないのか」
「どうかなぁ……まぁいいか、買えってことだな、これは」

 溜息混じりに呟き、松隆は一層興味を失った顔になった。それもそうだ、もう私達には関係のなくなる話なんだから。

 松隆との委員会も、これで最後だ。

 というか、正直、心の中でフラれたから、松隆と一緒にいるのは辛かった。こっそりフラれるのは以後も何事もなかったような顔をして接することができるなんてアドバンテージもあるけれど、それとは比べ物にならないくらい心には(へこ)みができる。

 でも、こっそりフラれてこの有様だから、義理のふりをしてでも渡さなくてよかったかもしれない。朝、松隆にチョコレートを渡した女子が困った顔をされたように、私のチョコレートにも、松隆は困った顔をしたかもしれない。私がどれだけ義理だと言い張っても、表面では納得した顔をしてくれても、内心では私の下心を見抜いてしまうだろうから。そのほうが惨めなフラれ方だったかもしれない。

 はぁ……、と溜息が零れた。所詮、この程度の惨めなものだな、私なんて。

「三年生はこれで最後の委員会ですね。お疲れ様でした」

 気怠い空気の漂う図書室が、一変して解放感で溢れた。ほんの少しの騒めきに図書室内が包まれる中、今日は一刻も早く帰りたくて、私は手早く筆記用具をカバンに詰めた。隣の松隆は、マフラーを巻いていた。

『……姫城さんから貰ったら、まあ、ちょっと困るかな』

 松隆の顔を見ると、頭の中でそのセリフが再生されて悲しくなりそうだった。だから不自然なくらいカバンの中をじっと見つめながらマフラーを巻く。

 そうだ、今日は、髪を切ろう。松隆に可愛く見られたくてなんてむず痒い動機、もう捨てていい。また陸上をしていた頃に戻そう。あ、でも、今日は月曜日だ。美容院は休みだ。だめだ、切れない。明日切ろうか。でも明日切ったら、いかにもバレンタインにフラれましたみたいで嫌だな。じゃあもういっそ来週にしようかな。でも卒業式が近づくと髪切るハードル上がるから嫌だな。卒業式が終わってからにしようかな。でも今度は入学式が近くなるな……。

「姫城さん」

 ごちゃごちゃと考え込んでいて、もう「じゃあね」くらいしか言われないとばかり思っていたから、ぎょっと飛び上がりそうになった。あまりにも驚いた顔をしてしまったせいか、松隆はちょっと笑った。

「そんなに驚いて、どうしたの」
「……いや、別に」
「そう? まあいいや、早く帰ろう」
「は?」

 素っ頓狂な声が出て、しまった、と後悔した。なんで私はこんな可愛くない反応しかできないんだ。さえなら、どんな反応をするだろう。少なくとも笑って「そうだね!」くらい言えるだろう。私には、できないけれど。

「……いつも、一緒に帰ってるだろ」

 それどころか、どう続けるべきか悩んで、どもった。早く帰ろうなんて、自意識過剰でなければ、一緒に帰ろうと言ってるようなものだ。

「なにが?」
「……松隆は、ほら、幼馴染と……」
「あぁ、今日は委員会だから、バラバラ」

 ということは、図書室係の日も、松隆は誰か一緒に帰る人がいたわけじゃないのか。なんか惜しかったな──なんて思ってしまって、慌てて(かぶり)を振った。何が惜しかった、だ。幼馴染がいないからといって、私と一緒に帰ってくれていたと決まったわけじゃない。いや、そうじゃなくて、そういう下心は、よくない。

「終わっちゃったね、図書委員」
「……そうだな」

 松隆と話す口実が、もうなくなった。図書委員の仕事で、なんて枕詞は、もう使えないものになった。

「三学期の間、お世話になりました」
「こちらこそ。ていうか、係くらいしかなかったし、何もお世話してないし」
「でもほら、やっぱ話合わないと図書室で係してても気まずいじゃん」

 じゃあ、私と一緒に係をしていた時間は気まずくなかったってことか。そうポジティブに考えてしまう自分がいて、反吐が出そうだった。妄想はもうとっくに打ち砕かれたのに、まだしぶとく何かを期待している。

「……姫城さんさ」
「なんだよ」

 (おもむろ)に改まって呼ばれると、心臓が跳ねる。私の松隆への下心がバレてしまったのではないかと、そんな危惧に襲われる。特に下駄箱の前で立ち止まった今なんて、他人に聞き耳を立てられることなく追及するには最適の場所だ。

 その危惧は、松隆の妙に真剣な顔を見ていると、現実化しそうで余計に怖くなった。