本当、可愛くねーな──生まれて何度言われたか分からない。
「ヒメー、ちょーっと、お願いあるんだー」
甘えるような猫なで声に無言で振り向けば、「やだ、ヒメ、こわーい」とさえが口を尖らせた。
「何」
「お願いっ、数学のノート見せて! 今日当たっちゃうのに宿題忘れちゃって!」
「いいよ別に」
「ありがとぉー!」
無造作に差し出すと、さえは綻ぶような笑みを浮かべて受け取り、スキップでもしそうな勢いで自分の席に戻っていった。その机の周りにはすぐさま「さえちゃん、またノート忘れたんだ」「いっつもノート見せてもらってんじゃん」とさえの仲がいい男子が群がる。誰もが認める美少女のさえはいつも男子に囲まれている。
「だって、数学すっごく得意だったのに、中学入ってから難しくてー。ヒメが得意で助かった」
語尾にハートマークでもついてそうな声音で、私にも十分聞こえる──つまり教室中に聞こえる音量で言う。なんなら、振り向かなくてもわかる、さえは両手を絡めて、嬉しそうにポーズをとっているんだろう。
「あー、姫城、ねー……」
ついでに、私を見る視線の正体だって、振り向かなくてもわかる。
「マジで、姫城が“姫城”なの、クソ謎だよな」
「姫城が“姫城”って、分かりにく」
「そーだけど、分かんだろ? あの見た目で、姫城はねーよ」
「ちょっと、そういうこと言わないで」
そうやって止めるのは、いつもさえだ。別に止めなくてもいいのに──そう内心溜息を吐きながら、聞こえないふりをするために、本を取り出した。
私の苗字は、“姫城”だ。別にそれ自体は大した問題じゃないんだろう。でも問題は、私がそんな苗字に分不相応な顔面偏差値と性格だということだ。兄弟は双子の兄二人、年の離れた従兄が三人、そんな男達に囲まれて育った私の性格は、よく言えば青竹を割ったような性格、悪く言えば可愛げの欠片もない男勝り。髪はずっとショートボブ、前髪だって邪魔だからという理由で額が見えるくらい短く保ってきた。陸上部だったから、走る最中になびく髪もないのは実際楽だった。顔面偏差値については、自分の顔をまじまじと眺めたくもないので割愛するにしても、視力が落ちて眼鏡をかけたので、少なくともそれに伴い顔面偏差値も落ちた。
一方で、同じ教室には、彼女こそ“姫城”の苗字に相応しいのに、その容姿・性格に似付かわしくない地味な苗字を持つ“山野谷”がいる。
私とさえは、二年生のときから同じクラスだ。身長が同じくらいだから、体育の授業で前後になり、何かとペアを組む機会が多かったのが仲良くなったきっかけだった。初めて見たときは、これがうちのクラスまで噂の聞こえていた美少女か、と納得するレベルの可愛さに驚いた。さらさらストレートのセミロング、人間の目ってデフォでこんなに大きくてパッチリしてるのかと思うくらい大きくてぱっちりした目に、めちゃくちゃ綺麗で白い肌。花のヘアピンをセーラー服の襟にちょっとつけて、ソックスのワンポイントと一緒にささやかなオシャレをしているのにも目が行った。そんなあざとい見た目のくせに、さえを悪く言う人は誰もいない。つまり性格もめちゃくちゃにいい。おかしいだろそんなの、と正直悪態さえ吐きたくなるほど完璧な美少女だ。
そんなさえのフルネームは、“山野谷さえこ”。多分、その氏名を見た後に本人を見たら、そのギャップでまずやられるだろう。若しくは座席表と実際の座席がずれているのだろうと思うか。
「いやー、でもさ。よりによって、“姫城”の名前が“麗華”なのは、さすがに笑うだろ」
そして、片や、私──苗字が姫城で名前が麗華。
最低最悪、芸名でもそんなわざとらしいほどのお姫城様ネーム見かけない。苗字は仕方がないとしても、この名前をつけた両親のことを、私は心底恨んでいる。コンプレックスどころの騒ぎじゃない。のっぴきならない事情があれば改名できると知って以来、私は改名のタイミングを虎視眈々(こしたんたん)と狙っている。とっとと捨ててやりたい、この名前。
「姫城さん」
「ヒメー、ちょーっと、お願いあるんだー」
甘えるような猫なで声に無言で振り向けば、「やだ、ヒメ、こわーい」とさえが口を尖らせた。
「何」
「お願いっ、数学のノート見せて! 今日当たっちゃうのに宿題忘れちゃって!」
「いいよ別に」
「ありがとぉー!」
無造作に差し出すと、さえは綻ぶような笑みを浮かべて受け取り、スキップでもしそうな勢いで自分の席に戻っていった。その机の周りにはすぐさま「さえちゃん、またノート忘れたんだ」「いっつもノート見せてもらってんじゃん」とさえの仲がいい男子が群がる。誰もが認める美少女のさえはいつも男子に囲まれている。
「だって、数学すっごく得意だったのに、中学入ってから難しくてー。ヒメが得意で助かった」
語尾にハートマークでもついてそうな声音で、私にも十分聞こえる──つまり教室中に聞こえる音量で言う。なんなら、振り向かなくてもわかる、さえは両手を絡めて、嬉しそうにポーズをとっているんだろう。
「あー、姫城、ねー……」
ついでに、私を見る視線の正体だって、振り向かなくてもわかる。
「マジで、姫城が“姫城”なの、クソ謎だよな」
「姫城が“姫城”って、分かりにく」
「そーだけど、分かんだろ? あの見た目で、姫城はねーよ」
「ちょっと、そういうこと言わないで」
そうやって止めるのは、いつもさえだ。別に止めなくてもいいのに──そう内心溜息を吐きながら、聞こえないふりをするために、本を取り出した。
私の苗字は、“姫城”だ。別にそれ自体は大した問題じゃないんだろう。でも問題は、私がそんな苗字に分不相応な顔面偏差値と性格だということだ。兄弟は双子の兄二人、年の離れた従兄が三人、そんな男達に囲まれて育った私の性格は、よく言えば青竹を割ったような性格、悪く言えば可愛げの欠片もない男勝り。髪はずっとショートボブ、前髪だって邪魔だからという理由で額が見えるくらい短く保ってきた。陸上部だったから、走る最中になびく髪もないのは実際楽だった。顔面偏差値については、自分の顔をまじまじと眺めたくもないので割愛するにしても、視力が落ちて眼鏡をかけたので、少なくともそれに伴い顔面偏差値も落ちた。
一方で、同じ教室には、彼女こそ“姫城”の苗字に相応しいのに、その容姿・性格に似付かわしくない地味な苗字を持つ“山野谷”がいる。
私とさえは、二年生のときから同じクラスだ。身長が同じくらいだから、体育の授業で前後になり、何かとペアを組む機会が多かったのが仲良くなったきっかけだった。初めて見たときは、これがうちのクラスまで噂の聞こえていた美少女か、と納得するレベルの可愛さに驚いた。さらさらストレートのセミロング、人間の目ってデフォでこんなに大きくてパッチリしてるのかと思うくらい大きくてぱっちりした目に、めちゃくちゃ綺麗で白い肌。花のヘアピンをセーラー服の襟にちょっとつけて、ソックスのワンポイントと一緒にささやかなオシャレをしているのにも目が行った。そんなあざとい見た目のくせに、さえを悪く言う人は誰もいない。つまり性格もめちゃくちゃにいい。おかしいだろそんなの、と正直悪態さえ吐きたくなるほど完璧な美少女だ。
そんなさえのフルネームは、“山野谷さえこ”。多分、その氏名を見た後に本人を見たら、そのギャップでまずやられるだろう。若しくは座席表と実際の座席がずれているのだろうと思うか。
「いやー、でもさ。よりによって、“姫城”の名前が“麗華”なのは、さすがに笑うだろ」
そして、片や、私──苗字が姫城で名前が麗華。
最低最悪、芸名でもそんなわざとらしいほどのお姫城様ネーム見かけない。苗字は仕方がないとしても、この名前をつけた両親のことを、私は心底恨んでいる。コンプレックスどころの騒ぎじゃない。のっぴきならない事情があれば改名できると知って以来、私は改名のタイミングを虎視眈々(こしたんたん)と狙っている。とっとと捨ててやりたい、この名前。
「姫城さん」



