「俺、桜井(さくらい)昴夜(こうや)。よろしく、三国」
「……よろしく……」
「あ、こっちは雲雀(ひばり)侑生(ゆうき)。多分お前に負けたから拗ねてんだ」
「拗ねてねーよ。テメェはビリのくせによく言うよな」
「ビリって決まってねーから! ……多分ビリだけど」
「ほらみろ」

 どうやら二人は仲良しらしく、式が始まるまで、そして式が始まった後もずっと何かを話していた。式の間中お喋りをしているのはその二人だけではなく、彼らを筆頭とする不良達のせいで、入学式は式どころの騒ぎではなかった。開始してものの数分で飽きてしまった彼らは、まるで運動会と勘違いしているかのように騒ぎ出し、でも教師陣はそんな有様になにも言わず……。とんだ悲惨(ひさん)な式だ。

「《続きまして、新入生代表挨拶。新入生代表、三国(みくに)英凜(えり)》」

 ただ、諦めるのは勝手だけれど、この不良達の前に立たされる私の身にもなってほしい。

「……はい」

 ゆっくりと返事をすれば、少し騒ぎの種類が変わった気がした。どよめきの中に「普通科じゃない?」「間違いじゃないの」「でも三国さんでしょ」「願書間違えたんじゃない」と少しの噂話も聞こえた。お陰で、ほんの少し緊張した。

 きっと、挨拶は棒読みになってしまったと思う。原稿を読むだけだと言い聞かせ続けていたとはいえ、本当に原稿を読むだけとなった。みんなが何を感じているかなんて分かるはずもないのに、壇上から席に戻るときには、まるで好奇(こうき)の目にでも(さら)されているような気がした。

「三国、お疲れ」

 ……それなのに、席に戻った途端、雲雀くんから(いた)わりの言葉をかけられた。当然面食らったのに、桜井くんまで重ねて「すげーな、代表なんてかっこいいな!」と妙に緊張感のない感想をくれるものだから、もうなにがなんだか分からない。

「……ありがとう」

 ただ、お陰で壇上から降りたときの冷や汗は引いていた。

 入学式は、終始そんな調子だった。もう後半になると新入生の私でさえ「ああ、こんなもんなんだな」と慣れてきてしまった。これはいわば、今後不良たちと共生する高校生活の登竜門(とうりゅうもん)だったのだ。そう考えると、少し気持ちも楽になった。

「なあ、三国」

 式が終わった後、一組から順番に教室へと誘導されるのを待っている間、雲雀くんがこちらを向いて話しかけてきた。 が、式が終わった途端、雲雀くんは話しかけてきた。ギョッと硬直した私に気付いているのかいないのか、横柄(おうへい)な態度で椅子に座ったまま「そんな(おび)えんなよ、とって食いやしねーよ」と。最初に声を聞いたときからなんとなく感じていたのだけれど、雲雀くんの声は静かで落ち着いている。ただ、それは隣の桜井くんの声の抑揚が山あり谷ありなのと対比してしまうせいもあるかもしれない。

「……なに?」
「いや、正直、俺マジで一番で入れるって自信あったから。すげーなあって思って。どこ中?」

 不良って本当に「お前どこ中だよ」って聞くんだ……。一般にイメージするのとは少し違う趣旨を含んでいるかもしれないけど。

「……一色東中……」
「んじゃ、(しゅん)と同じじゃね?」どうやら桜井くんも話を聞いていたらしく、あたりをきょろきょろ見回しながら「アイツは? どこ?」
「舜は六組だ」

 「シュン」という名前を含む氏名の候補はいくつか浮かんだけれど、下手に関わり合いになりたくないので聞き返すことはしなかった。

「一色東中でもずっと一番か?」
「まあ……」
「ふーん……。ま、東中だけちょっと離れてんもんな」
「侑生……。お前マジで悔しいんだな、マジでかっこ悪いからやめたほうがいいぞ」
「別にそんなんじゃねーよ」

 五組の誘導が始まると、二人はお行儀よく誘導に従った。二人の隣の席だったから二人の後ろについていったのだけれど……、私の後ろには一メートルくらいの間隔が空いていた。しかも「噂、マジだったんだな、二人とも灰桜高校(はいこう)に来るとか」「しかもよりによって揃って五組かよ……」「マジ最悪だ、殺されるより先に死にたい」と念仏(ねんぶつ)のごとくボソボソと嘆きの声が聞こえる。

英凜(えり)! 英凜!」

 そんな中、後ろから腕を引っ張られ、二人の背中から離された。驚いて振り返ると、そこには、中学の間にすっかり見慣れた顔がある。

「……陽菜(はるな)、五組だったの?」
「そーだよ! てか英凜が五組のほうがびっくりした!」

 陽菜はボブを揺らしながら「てか連絡しろよお、普通科とか思わないし!」と私の背中を勢いよく叩いた。

「……ごめん、陽菜も普通科と思わなかったし」
「あたしの成績で特別科に入れるわけねーだろ! 余裕で普通科だわ、多分入試の数学、2点とかだし」

 はっきりした顔立ちのとおり、陽菜はサバけた性格で、半分男みたいな喋り方をする。

「てか……やばくね? うちのクラス、桜井と雲雀がいるんでしょ?」
「あー……あの二人」
「……え、マジ?」

 どうやら陽菜(はるな)は二人と私を結び付けてはいなかったようだ。それどころか、桜井くんと雲雀くんのことは知っていても顔は知らなかったらしく「超イケメンじゃん!」と後ろから見える限りの横顔に小さな声で歓喜した。

「ヤバ! 金髪が桜井だよね? ってことは銀髪が雲雀か。可愛い系の桜井かカッコいい系の雲雀か……。雲雀かなあ!」

 キャーッとでも聞こえてきそうな声音だった。陽菜は自他ともに認めるメンクイだ。

「……桜井くんと雲雀くんって有名なんだね」
「はーっ? お前マジそういうとこだよ、桜井と雲雀知らないとか有り得ないから!」

 みんなが知っていることは陽菜に聞けば事足りる。中学のときから変わらずそんなことを思いながら「あの二人はさあ」と陽菜が教えてくれる情報を頭に入れる準備をした。