席を立とうとすると「飯は飯。のんびり食いたい」と桜井くんは残りを口に運ぶ。

「……雲雀くん、待ってるんじゃない?」
「アイツもうちで昼飯食おうとは思ってないって。飯食った後にメールしときゃ大丈夫」

 男子って適当だな……。でも雲雀くんならきっと、そんな桜井くんの自由な行動に口では文句を言っても、優しく振り回されてくれるだろう。

「それより三国のケータイから連絡したら何言われるか」桜井くんはお茶を飲みながらしかめっ面で「アイツ、この間の新庄のヤツ、めちゃくちゃ怒ってたから。俺が三国の家に出入りしてるとか知られたら……」

 ……怒ってた? 頭の中にあの日の雲雀くんの様子を引っ張り出す。いつもどおりの無表情で、いつもどおりの無愛想な態度だっただけだ。

「……怒ってたって、どんな風に」
「新庄の顔見たら殺しそうなくらい?」

 比喩だとは分かっていても、なぜか身震いしてしまった。でも、そうか、もともと妹を誘拐したことがある相手だ、恨みは深いに違いない。それと私の拉致がどう結びつくかはさておき。

 桜井くんは雲雀くんを心配するように眉間に皺を寄せる。

「アイツ、キレたら手つけらんないとこあるからさあ。暴れ回ったら止められるの俺くらいじゃない」
「……そう……なの……? そうは見えないけど……」
「普段クールだから、キレるとヤベーよ。マジで次に会ったときぶち殺しそうだもんな……」

 食事を終えて箸を置きながら、桜井くんは少し迷うように視線を彷徨(さまよ)わせた。何かを言いたげに、口をちょっと開いて、息を吸う。

「……三国、ごめん、本当にこれ最後にするんだけど」
「……なに?」

 この文脈で、謝罪をして、しかも最後にするというワードから導かれる質問は1つだ。机の下で拳を握りしめ、平静を装う。

「……本当に、本当に新庄は三国に何もしてないんだよな? ……変に、その、触られたりとか……、してないんだよな?」

 桜井くんの目はいつになく真剣だった。でも、どうしてそんなに真剣なのか分からなかった。

「本当だよ。何もされてない」

 これで最後だ。もう桜井くんが私に確認することはない。

 桜井くんはこめかみのあたりに手のひらを当てて肘をつき、黙りこむ。その目つきにいつもの天真爛漫(てんしんらんまん)な明るさはなく、まるで……持ちうる最大限の情報を総動員して私の嘘を弾劾(だんがい)しようとしているように見えた。

 でも、そんな苛立ちに似た色はすぐに消えた。くしゃくしゃっと金髪を掻き混ぜて「……分かった!」と自分を納得させるようにハキッとした声を出す。

「そんならいい。もう俺も聞かないし。てかこっからは(ブルー・)(フロック)にいるわけだから、新庄も簡単に手出してこないだろ。(ブルー・)(フロック)(ディープ・)(スカーレット)がぶつかるのはマズイってことくらい分かるだろうし」
「まずいの? だって仲が悪いってことはもともとぶつかり合ってるんでしょ?」
「そうだけど、新庄も(ディープ・)(スカーレット)の中じゃ新入りだぜ」

 それこそ、手土産に桜井くんと雲雀くんを誘おうとするくらいには、か。

「よっぽど(ディープ・)(スカーレット)のトップ――山崎(やまざき)って名前だったかな、山崎に気に入られてるなら別だけどさ、1年が喧嘩売りに行って尻拭(しりぬぐ)いしてくれるような人じゃないぜえ、つかそんなこと誰もしねーよ」
「……そういえば蛍さんくらいだって言ってたっけ」