「春日のヤツ、偉っそうに期限設けてきやがった。10月10日、耳を揃えて金を持って来い、できねーなら雲雀を出せってのはさっき言ったとおりだが、両方拒否るんならその場でドンパチ」
「つまり、10月10日にドンパチするのが決まってるってことですね」
「そのとおり」
能勢さんの相槌に、蛍さんは話が早いといわんばかりに頷いた。でもそれは……。
「……それって」
雲雀くんも当然前線に出ることになる──そう考えると口を挟まずにはいられなかった。でも口を挟んだものの、何か考えがあるわけではなかった。
「……それって……、その、私が出て行ってどうにかなる、話じゃないんですか」
「あん? お人よしかましてんじゃねーぞ三国」
自分でも馬鹿げた提案だとは分かっていたけれど、その認識以上に蛍さんからは吐き捨てるような拒絶を受けた。
「交渉決裂なんて紳士ぶるつもりねーよ。自分らが三国を襲ったくせに雲雀が三国を襲ったことにしやがる、その根性がクッソ気に食わねえ。証拠はないからこれ幸いってんで騒いで被害者面してんじゃねーぞ。んなもんはお前らに対する、ひいては群青に対する侮辱だ」
その怒りは私に向けられているものではない、それは自明だったけれど、それを通り越して、空気が震えるような怒気を孕んだ声に背筋が震えた。
「群青史上最強の俺達の顔に泥塗ろうってんだ、地べた這いつくばらせて泥|啜らせても足んねえだろ。んで、ここまでされて黙っとく、プライドないヤツなんて群青の中にはいねーよ」
そのプライドが、私には分からなかった。後輩への侮辱を群青への侮辱と捉え、相手を徹底的に叩き潰そうとするほど激しい感情を抱く、そこまでの共感性が私にはなかった。
ただ、まさしくそんなプライドがないのは私だけであるかのように、蛍さんの言説に異を唱える人は誰もいなかった。
「黒烏はぶち殺す。それ以外の選択肢なんざ、俺らにはねーよ」
そんな好戦的な集会だったけれど、解散を告げた後はさっくりと気分を切り替えたのか、はたまたまだ模試の気分が切り替わらないのか、蛍さんと九十三先輩は拝殿に座りこんで「マジであと4ヶ月で10%上げろとかマジ無理だろ」「永人高望みしすぎなんだよ、国公立なんて入れるわけねーだろ」「金がねーんだよ俺の家は!」と妙に現実的な話をしていた。……いや、黒烏の話だって現実の話ではあるのだけれど……。
「本当にさー、5日も学校行かせてんのに土日丸2日間模試って、何考えてんだろうね? 頭おかしいよね? あーだるい。あ、永人、なんか食って帰ろ」
「……600円以内」
蛍さんは渋い顔をして考え込み、金額を限定する。きっと財布の中身を思い出していたのだろう。九十三先輩は「『こたろう』一択だな」と安い定食屋さんの名前を口にした。
「三国ちゃんも飯食う?」
「食べます」
「三国ちゃんが来るってことは雲雀も来る、と」
「……行きますけど」
「相変わらず癪だなって顔してんな」
「癪なんですよ」
「昴夜、お前も行くだろ」
「んー、行くー」
桜井くんの名前を呼ぶのは、九十三先輩と胡桃くらいだ。体育祭以来、桜井くんを名前で呼び始めてから初めてそんなことを考えた。
「芳喜は?」
「『こたろう』逆方向なんですよね」
「いいじゃん別に。お前今日バイクは?」
「用事があったんで置いてきました」
「また新しい女のところかよ」
「そんなに新しくないです」
「つまり、10月10日にドンパチするのが決まってるってことですね」
「そのとおり」
能勢さんの相槌に、蛍さんは話が早いといわんばかりに頷いた。でもそれは……。
「……それって」
雲雀くんも当然前線に出ることになる──そう考えると口を挟まずにはいられなかった。でも口を挟んだものの、何か考えがあるわけではなかった。
「……それって……、その、私が出て行ってどうにかなる、話じゃないんですか」
「あん? お人よしかましてんじゃねーぞ三国」
自分でも馬鹿げた提案だとは分かっていたけれど、その認識以上に蛍さんからは吐き捨てるような拒絶を受けた。
「交渉決裂なんて紳士ぶるつもりねーよ。自分らが三国を襲ったくせに雲雀が三国を襲ったことにしやがる、その根性がクッソ気に食わねえ。証拠はないからこれ幸いってんで騒いで被害者面してんじゃねーぞ。んなもんはお前らに対する、ひいては群青に対する侮辱だ」
その怒りは私に向けられているものではない、それは自明だったけれど、それを通り越して、空気が震えるような怒気を孕んだ声に背筋が震えた。
「群青史上最強の俺達の顔に泥塗ろうってんだ、地べた這いつくばらせて泥|啜らせても足んねえだろ。んで、ここまでされて黙っとく、プライドないヤツなんて群青の中にはいねーよ」
そのプライドが、私には分からなかった。後輩への侮辱を群青への侮辱と捉え、相手を徹底的に叩き潰そうとするほど激しい感情を抱く、そこまでの共感性が私にはなかった。
ただ、まさしくそんなプライドがないのは私だけであるかのように、蛍さんの言説に異を唱える人は誰もいなかった。
「黒烏はぶち殺す。それ以外の選択肢なんざ、俺らにはねーよ」
そんな好戦的な集会だったけれど、解散を告げた後はさっくりと気分を切り替えたのか、はたまたまだ模試の気分が切り替わらないのか、蛍さんと九十三先輩は拝殿に座りこんで「マジであと4ヶ月で10%上げろとかマジ無理だろ」「永人高望みしすぎなんだよ、国公立なんて入れるわけねーだろ」「金がねーんだよ俺の家は!」と妙に現実的な話をしていた。……いや、黒烏の話だって現実の話ではあるのだけれど……。
「本当にさー、5日も学校行かせてんのに土日丸2日間模試って、何考えてんだろうね? 頭おかしいよね? あーだるい。あ、永人、なんか食って帰ろ」
「……600円以内」
蛍さんは渋い顔をして考え込み、金額を限定する。きっと財布の中身を思い出していたのだろう。九十三先輩は「『こたろう』一択だな」と安い定食屋さんの名前を口にした。
「三国ちゃんも飯食う?」
「食べます」
「三国ちゃんが来るってことは雲雀も来る、と」
「……行きますけど」
「相変わらず癪だなって顔してんな」
「癪なんですよ」
「昴夜、お前も行くだろ」
「んー、行くー」
桜井くんの名前を呼ぶのは、九十三先輩と胡桃くらいだ。体育祭以来、桜井くんを名前で呼び始めてから初めてそんなことを考えた。
「芳喜は?」
「『こたろう』逆方向なんですよね」
「いいじゃん別に。お前今日バイクは?」
「用事があったんで置いてきました」
「また新しい女のところかよ」
「そんなに新しくないです」



