「……お互い家で一人だからな」

 珍しく、説明足らずの短い文。要素要素をぽつりぽつりと出すだけで、それを繋ぎ合わせる糸は出さない。

 くしゃくしゃと雲雀くんは髪をかき混ぜた。

「……今、10月だったら、お試し期間なんてアイツには言わなかったかもしれない。……まあ多分言わなかったな。でも……来週誕生日だからな」

 ……ふたりにとって、互いに誕生日を祝うことは、私の知らない特別な意味を持つのだろうか。

「あー……だから、悪い、なんか当たり前のように話してたけど」雲雀くんは不意に不都合なことを思い出したように「水曜、ケーキ買ってアイツん家行くのに、普通に三国付き合わせると思う。思うつか間違いない」

 まるで、私と雲雀くんが付き合っているという外形を忘れてしまいそうなセリフだった。多分、陽菜から聞く限りの彼氏彼女の関係でいえば、本来的には、私と雲雀くんが2人でお祝いをするところだ。でも雲雀くんは桜井くんの誕生日を優先すると宣言しているし……、私も、二人を揃ってお祝いできるほうが何の(わだかま)りも残らない。

 ……これがお試し期間の利点か。一般的に導き出されるルールに従わなくていい。

 雲雀くんと桜井くんが一緒に誕生日を祝う理由を私は知らない。でもそれが二人の特別で、そして私にその特別が許されるのなら。

「……全然問題ない、というより、そうしたい。二人とも大事な友達だし」
「俺は彼氏だけどな」
「…………すいません」

 雲雀くんは笑っているけれど、間違いなく愛想笑いだ。さすがの私も論理的にそうだということくらい理解したし、だからこそ本気で反省した。雲雀くんの言葉を借りれば、脊髄(せきずい)反射で友達宣言をしてしまった。本当に私のこういうところが最低だ。穴を掘って埋まりたい。

「まあお試しだからそれはどうでもいいといえばいいんだけど」雲雀くんは存外あっさりとした声で「だから水曜、三国のばあちゃんに晩飯の話しといて。別に晩飯食ってから来てもいいんだけど、遠いからだるいだろ」
「……晩ご飯どうするの?」
「作る」
「……2人って意外と器用だよね」
「そうかもな。なんかリクエストあれば聞くぞ」

 なんでもないセリフだったのだけれど、目を細くして笑ったその顔が、可愛いとも綺麗とも違う、なんともいえない柔らかさを醸し出していてびっくりしてしまった。

「どうした?」
「……雲雀くん、普段不愛想だから、笑うとちょっとドキッとする」

 優しい笑顔はたちまち引っ込んで、バツの悪そうな顔になった。その顔は何度か見たことがあって、当時は分からなかったけれど、きっと照れ隠しなのだろうと知る。

「…………お前意外と結構恥ずかしいって感情を知らねーよな」
「そう言う雲雀くんは意外と結構恥ずかしいって感情が顔に出るよね。可愛い」

 ふふ、とちょっとだけからかうように笑ってしまった。確かにこういうときに私は優位なのかもしれないな、なんて──考えた瞬間、腕を強く引っ張られた。

 何が起こったのか分からず、時間が止まったような奇妙な感覚をおぼえた。部活の掛け声が、喧噪が、遠くに聞こえている。誰もいないけど誰もいないわけではない校舎の中、たまたま私と雲雀くんしかいない廊下。きっと誰かが来ても死角になる柱の陰。

 見た目と裏腹に厚い体。ワイシャツ越しでも熱い体温と速い心臓の音。頭と背中を押さえる温かい手。そのために体に触れている力強い腕。慣れた手つきの、それでもどこか遠慮したような、そんな違和感の残る抱き方。