……羞恥心で紙パックを握りつぶさなかった自分を誉めてあげたかった。“あわよくば”なんて、私と付き合うことを第一の優先事項にしたかのような言い方はやめてほしい。

「別に、試すんでいいだろ。その間に俺は好きになってもらえば御の字、そうじゃないなら、そうでしたか、じゃあ友達しますかってだけだ」
「……でも、やっぱりなんか……私が優位に立ってるみたいな言い方で、気持ち悪い」
「……優位だろ、三国が」

 立てた膝の上に、腕を投げ出すようにして置きながら、雲雀くんはまるで他人事のように肩を竦めた。

「俺は三国に好きになってもらいたい、三国は俺を好きになる必要はない。サルでも分かるくらい三国が優位だ。片思いで付き合うってそういうもんだろ」

 ……この間まで、私と雲雀くんは対等な友達だったはずなのにな。裏を返せば、片想いは対等さを失くしてしまうものなのかな。

「……でも、雲雀くんと話してて、私のほうが優位だなんて感じたことはなかったよ。現に、私は雲雀くんがそういう感情を持ってるって気付かなかったわけだし」

 雲雀くんのセリフを分析すれば、片想い相手の前では、相手に好かれようとするためになんらか劣位性を感じさせる言動が出てしまうことになる。でも雲雀くんにそれを感じたことはなかった。

「……言ったろ、元々言うつもりなかったって。大体、あれこれ姑息な真似したところで三国に好かれるわけねーってことくらい笹部見てれば分かるっての。アイツより百億倍マシな男な自信はあるけどな」
「……比べるのももったいないくらい、雲雀くんのほうが恰好良いよ」
「……あんなのより恰好いいって言われてもな」

 笑い飛ばすくせに、その口角がちょっとだけ上がっていることに気付いてしまった。まるで全く意味がなくても「恰好いい」というその形容に──舞い上がっているとまでは言わないけれど──少なからず喜んでしまっている、その内心を盗み見てしまった気がして、慌てて視線を逸らした。

 ……なんだか、他人に好かれてることを明確に認識してる状況って、思ってたより恥ずかしい。

「……何の話だっけ」その恥ずかしさを誤魔化すために慌てて言葉を紡いで「そう、だから、先輩にお試し期間って言うって話。それはやめよ、ね?」
「……お前マジで先輩らにあんだけイジられてるけどいいのかよ」
「それは雲雀くんも同じじゃん?」
「……お前は好きでもない男とあれこれ言われてんだろ」
「……私が雲雀くんのこと好きじゃないって口にするの、やめない?」

 ゆっくりとその場に座り込み、目線を合わせた。残暑の日陰特有の、廊下のひんやりとした温度がスカート越しにお尻に伝わる。

「……なんか、言葉に出すと認識を操作されそう」
「……事実なんだから操作もなにもないだろ」
「……気付いてないだけなのかもしれないって話したじゃん」
「……んじゃどうやったらそこは判別できんの」
「……私が知りたいんだけど、それこそ──」

 それこそ雲雀くんはなんで……と言いそうになって慌てて呑み込んだ。

 でももう遅い。雲雀くんの目だけが私を見たのが分かった。

「……まあ言われてみたらなんで区別できんのかって難しいな」

 ズズ、と雲雀くんが残り少ないミルクバニラを(すす)る音がして、雲雀くんはカラカラと紙パックの中身を確認するようにを揺らした。

「俺だって、いつから好きだったとか言われたらもっと分からねーし。なんとなく興味はあったけど」
「そ……それはなぜ……なのか聞いてもいいですか」