ぼくらは群青を探している

 会話がなくなって十数秒、ツクツクホーシ、ミーンミンミン、ツクツクホーシ、ジィー、と複数種類のセミの声が意識の中に入ってきた。ガサリガサリと、手の中のビニール袋の音も聞こえる。

 つい、立ち止まった。なにか理由があったわけではないのだけれど、声を出そうとしたら歩くことができなくなってしまった。

「……昴夜、って?」

 ツクツクホーシ、という声が2倍速、3倍速となり、ゲシュタルト崩壊して、ビィー……という声に変わり、静かになる。桜井くんはチョコクロワッサンを(くわ)えたまま器用に目だけで笑い、チョコクロワッサンを食いちぎって、ちょっとだけチョコレートのついた口角を吊り上げる。

「な、問題ないだろ」

 ……問題があるのかないのかは分からなかったけれど、少なくとも、私にとって、桜井くんの名前を呼ぶのは、簡単なことではなかったよ。

 でもきっと、雲雀くんの名前を呼ぶのも、簡単じゃないんだろうな。その意味では、別に桜井くんも雲雀くんも変わらないんだろうな。

「てか英凜、帰りながら食わないの? 腐んない?」
「……お行儀悪いし、そんな2、3分で腐るはずがないし……」
「あと飲み物ぬるくなりそう」
「……それはそうかも」

 飲み物くらいならお行儀が悪いなんて言われないだろう。そこだけ同意することにして、ビニール袋の中からコーヒー牛乳を取り出し、歩き出しながら、ゆっくりと会話を反芻(はんすう)する。

『こうやって昼飯買いに行くときに俺と二人きりはやめろとかいい始めるんだったら困るよ、いや困ったって仕方ないんだけど』

 ……つまり、論理的には、これから先、私と桜井くんがこうして歩くことはないという可能性だって、あるのだ。

 そして桜井くんは、それに困ったって、仕方がないで済ませなければいけなくて、なおかつ済ませることができるのだ。

「てか侑生のことフることにしたら早めに教えてね。慰めないといけないから」
「……桜井くんに慰められても慰められなさそう」
「また桜井くんになった」
「……昴夜」
「せいかい」

 ……でも「桜井くん」ほど「昴夜」を呼ぶことはないだろう。

 桜井くんが、それに気付いていないのであればいい。そんなことを考えながら、プツリとストロー口に穴を開けた。

***

 体育祭当日は、まさしく灼熱(しゃくねつ)の太陽がグラウンドを照りつけると表現しても過言ではないくらい、うんざりするような晴天だった。

「お、雲雀じゃん」

 そしてその当日は、雲雀くんの復帰初日でもあった。陽菜のその声で雲雀くんが教室に入ってきたことを知り、反射的に顔を上げてしまって、雲雀くんと目が合ってしまって、素早くそして不自然に目を逸らす羽目になった。

「桜井が雲雀はずっとゲームしてるだけって言ってたけど」
「してたしてた。だってマジでいつログインしてもいたもん」
「停学なんて暇だろ。反省文は書いたけど」
「あ、そういうのってマジで書かされるんだ? なに書くの?」
「笹部のどういう言動がムカついたのか具体的に書いた後にそれはさておき暴力に訴えてすいませんって」
「反省してねー。結局笹部が悪いってチクってるだけじゃん」

 雲雀くんと目が合わないようにしながら、でも無視するわけにもいかないから、桜井くんか陽菜に視線を向けて、会話に参加しているふりをする。それでも雲雀くんが隣を歩く瞬間には自分の体が縮こまるように固まってしまったのを感じ、雲雀くんが席に着いた瞬間には自分の背中に全神経が集中してしまうのを感じた。