「邪魔ってコラ。え、力強」雲雀くんが力任せに腕を振り払おうとするのに九十三先輩は一瞬で狼狽えた顔になって「なあ誰かいるー?」野次馬の中を振り向く。様子をうかがうようにこちらを見たり互いに顔を見合わせたりしている野次馬の中から、かき分けるようにして「あー、はい、いますよ」と能勢さんがやってくる。そのまま能勢さんは雲雀くんの左腕を引き取った。

 さすがに群青の先輩2人に抑え込まれては雲雀くんも身動きがとれない。しかめっ面で、いまにも舌打ちしそうな表情で「……分かりましたよ」ようやく笹部くんの胸座を手放した。

 九十三先輩と能勢さんが雲雀くんの左右を抱え「って言うなら離れな?」「駄目だよ、喧嘩のけの字も知らない相手を一方的に」ずるずると引きずって笹部くんから引き離す。笹部くんは体育館扉の前にへたり込んだまま、緊張から解放された副作用のように荒い呼吸を繰り返している。

「で、これなんですか? 校門まで悲鳴聞こえましたよ」
「えー、なんか童貞っぽいのが三国ちゃんの悪口言ったから雲雀が殴った、みたいな」
「あのねえ雲雀くん、そんなのいちいち相手にしちゃ駄目でしょ。学校じゃ手出したら負けなんだから」

 冷静な意見を口にする先輩の間で、雲雀くんは黙っていた。でも毛の逆立った猫のように、その苛立ち……または怒りは、収まっている気配はない。

 そして、ここまでの騒ぎになれば先生の誰かが聞きつけないはずがなく「またお前らか!」と怒鳴り声が聞こえた。きっと遠くからでも九十三先輩の頭は見つけやすくて、群青が騒ぎを起こしたと分かったのだろう。やってきた先生は、名前は知らない先生だったけれど、そのジャージ姿で体育の先生だということは分かった。その先生は怪我をした笹部くんを見て仰天(ぎょうてん)して「誰か、井田先生呼んで来い、保健室にいらっしゃるから」と野次馬に指示を出し、雲雀くんの「俺がやりました」というのを聞いて「何を考えているんだ」と怒鳴り散らかして、そのまま生徒指導室に来るように言った。九十三先輩と能勢さんが顔を見合わせれば「関係ないヤツは戻れ、戻れ」と手を振る。

「……あの、生徒指導室、私も」
「お前、1年の三国か。関係ないヤツは戻れ」
「私も関係あります。私の話なので」

 意味が分からん、お前の話っていったい何のことだ、そう言いたげに先生は眉を顰めたし、雲雀くんも「お前関係なくね」なんてまた嘘を吐くから、逃がさないようにそのシャツの(すそ)を握り締めた。

「……私が悪かったっていう話が発端なので」

 先生は「殴ったのは雲雀なんだろ」「どんな理由があっても人を殴るほうが悪い」「理由は関係ない」なんて言っていたけれど「殴った本人以外に状況を話す人はいたほうがいいんじゃないですか?」なんて能勢さんがとりなしてくれたお陰か、不承不承ながらも私も生徒指導室へ行くことを許可してくれた。

 ただ結局、私がどれだけ話をしても「どんな理由があっても人を殴るほうが悪い」というその先生の持論が結論になり、雲雀くんの停学が決まっただけだった。

 お説教が終わった後、2人で生徒指導室を出ると、もう掃除時間は終わっていた。ただ廊下は静まり返っていて、頭の中に今日の時間割を浮かべる。この時間は新学期のホームルームだ。となると、いま教室に戻るとホームルームの途中になってしまう。ただでさえ注目を集めてしまった後なのに、そういうことはしたくなかった。

 このまま、どこかで時間を潰してしまおうか。そんな気持ちでそっと雲雀くんを見上げた。雲雀くんは当然まだ不機嫌そうだった。