ぼくらは群青を探している


 それを考えた私はどんな顔をしていたのだろう。雲雀くんは素早く私の視界からそのメール画面を消した。

「で、この山下がなんでこんな写真持ってんの?」
「……それは、普通にいつもの雑談って感じで、あの三国さんに彼氏できたみたいな話で……3年の先輩と付き合ってるって噂あるけど本命は1年で、桜井くんと雲雀くんと仲良いのは有名だから、その2人のどっちかなのってなって、どっちでしょうって言われて……」
「んなことどうでもいいんだよ。お前らがどんな遣り取りしてたかなんて聞いてねーだろ、なんでコイツはこの写真持ってんだって聞いてんだよ」
「それは……」
「つか、笹部」雲雀くんは携帯電話を押し付けるように返してもう一度笹部くんに向き直り「この写真見て、相手が三国だって言い始めたの、お前だろ」
「へ?」
(とぼ)けてんじゃねーよ、こんな荒い画像で俺はともかく三国が分かるわけねーだろ。もしかして撮ったのお前か?」
「ち、がうに決まってんだろ! 大体、そう言うってことは、お前と三国で間違いないんだろ! 付き合ってんだろ!」
「ちげーよ。マジでなんでそうなるのか理解できねーんだけど」
「だって抱き合ってるだろ、その写真! なんでもないのに抱き合ってるわけねえじゃん、大体この日、桜井と池田も一緒にいたくせに、わざわざ2人で抜け出してこんな暗いところで――」

 バァンッ、と地響きにも似た音が響き渡り、冗談じゃなく体が飛び上がった。

 笹部くんの背後の体育館扉、笹部くんの腰の横あたりを、雲雀くんが足蹴(あしげ)にしていた。いや、足蹴というほど生易しくない。最早足を叩きつけたといっても過言ではなかった。実際、音を聞きつけて「なんだ?」「なんか割れた?」と声が聞こえ始める。

「お前さあ。マジで恥の上塗(うわぬ)りしてんの分かんねーの?」

 笹部くんの足が、私から見ても分かるくらい震えていた。当たり前だ。後ろで見ている私だって震えている。

「惚れた女に付きまとって、挙句言いがかりつけて、それでも男か?」
「だから俺が言いがかりつけたんじゃなくてみんなが」
自分(テメェ)が言い出したんだろ? しかもみんなが言ってるから、だ? みんながそうだって言えば本当になんのか? ご立派な脳だな」
「だから、だったらこの写真はなんなんだよ!」

 ただ、曲りなりにも笹部くんは野球部で、なんならうちの中学の野球部は先輩が厳しいと有名だった。お陰で雲雀くんの威嚇(いかく)による麻痺から復活したらしい。ただし、論理もへったくれもなく声を荒げるだけだ。これが世に言う逆ギレ、というヤツなのかもしれない。

 ただ、その写真はなんだと言われれば――……。考えた瞬間、ドクリと、心臓が跳ねあがった。そのままドクリドクリと大きな音で鼓動し始める。ドクンドクンと、このまま胸を開いて飛び出てくるんじゃないかと思うほど、ドクンドクンと脈打っている。

 自分の手も震えていることに気が付いて、そっと腕を掴んだ。別に、あの日の光景に限らず、自分の目で見たものなんて写真なんか必要ないくらいはっきりと覚えているけれど、俯瞰(ふかん)風景を見せられると、まるで客観的な事実でもつきつけられたかのように、体が震える。なんなら、たった一枚の出来の悪い写真があるだけで、あの日の光景が記録に残されてしまったような、そんな不安が押し寄せる。