だから、雲雀くんは狡いのだ。他人のくせに、男子のくせに、ゼロ距離になんでもないような顔をする。それでもって、なんでもないような顔をするのが許されている。その免罪符がどの要素にあるのか、私には分からないけど。
「ついでに浮き輪借りる。疲れた」
のしっと浮き輪に体重をかけながら、雲雀くんは髪をかきあげる。その耳にはいつもと違ってピアスはついていなくて、代わりに穴が開いていた。
「……海だとピアス外すの?」
「ん? ああ、錆びるヤツだから」
そういう几帳面なところが雲雀くんらしい。桜井くんは気にせずつけっぱなしにしそうなのに。そんなことを思っていたら「昴夜は気にしないからつけてるけど」と言われた。やっぱり。
「三国、ピアス好きなのか」
「……別に好きとかないけど。なんで?」
「いつもピアス見てんなと思って」
言われてみれば、最初にそんな話もした。
「なんか気になるんだよね。自分がつけないから」
「つければ?」
「なんか昔、『渾沌、七竅に死す』を読んでから穴を開けること自体が怖くなったっていうか……」
「荘子の? 全然関係ない話じゃねーか」
ああ、ほら、雲雀くんのこういう笑い方が可愛い。普段仏頂面のくせに、まるで子供みたいに笑うところが可愛い。
「なに、渾沌って」
きょとりとした顔の桜井くんが、ゆらゆらと胡桃の浮き輪に捕まったまま漂ってきた。このまま帰るか、と2人がエンジンよろしく足を動かし始めたので、私も水中でゆっくりと足を動かす。
「そういう怪物、って言えばいいのかな。とにかくなにも穴がない怪物で、でも人間には七つの穴があるから、1日に1つの穴を開けてあげたら、7日目7つ目の穴を開けたときに死んじゃったって話」
「え、なにそれ。つか穴開けたら死ぬの当たり前じゃね?」
「でも穴が全くない怪物だから。目がないから見えない、耳がないから聞こえない、そういう不便さがあるんじゃないかって配慮したわけで、やった人は善意だったんだよね」
「そういう理屈の押し付けをすんなって話だよ」
「渾沌を渾沌のまま肯定しろって話じゃないっけ?」
「そうだっけ。忘れた」
聞いていた桜井くんが難しい顔をして首を捻った。故事や寓話なんてそのオチがはっきりしないと釈然としないので、その反応は正しいし、中途半端な私と雲雀くんが悪かった。
「英凜と侑生ってさー、そういう話どこで仕入れてくんの?」
「仕入れ……」
「昔何かで読んで覚えてる」
「俺も何かで読んで忘れてんのかな? この間も義務教育がなってないって言われたけど義務教育受けたはずだし……」
「なに、何の話?」
「桜井くんが性善説の話を知らなかったって話」
「あー、それは義務教育受けてないね」
「え、待って、そう言われたら分かるって。そうじゃなくて侑生らの言い方が悪くて」
「それが義務教育受けてねえんだよ」
「受けてるよ! 俺だって性善説って言われたら分かったよ!」
海岸に戻ると、先輩達は元気よくビーチバレーをしていた。言語化できない雄叫びが聞こえてくるし、体は大きいし、髪は派手だし、正直近寄りたくない状態だった。駿くんはどこへ行ったのだろうと思っていると、パラソルの下で九十三先輩と一緒に休憩していた。因みにぐっしょり濡れていた。
「おかえり、1年ども」
「すみません先輩、駿くんを……」
「いーのいーの、俺いま荷物番。もうすぐ常磐と交代するから飯食おうぜ」
「ついでに浮き輪借りる。疲れた」
のしっと浮き輪に体重をかけながら、雲雀くんは髪をかきあげる。その耳にはいつもと違ってピアスはついていなくて、代わりに穴が開いていた。
「……海だとピアス外すの?」
「ん? ああ、錆びるヤツだから」
そういう几帳面なところが雲雀くんらしい。桜井くんは気にせずつけっぱなしにしそうなのに。そんなことを思っていたら「昴夜は気にしないからつけてるけど」と言われた。やっぱり。
「三国、ピアス好きなのか」
「……別に好きとかないけど。なんで?」
「いつもピアス見てんなと思って」
言われてみれば、最初にそんな話もした。
「なんか気になるんだよね。自分がつけないから」
「つければ?」
「なんか昔、『渾沌、七竅に死す』を読んでから穴を開けること自体が怖くなったっていうか……」
「荘子の? 全然関係ない話じゃねーか」
ああ、ほら、雲雀くんのこういう笑い方が可愛い。普段仏頂面のくせに、まるで子供みたいに笑うところが可愛い。
「なに、渾沌って」
きょとりとした顔の桜井くんが、ゆらゆらと胡桃の浮き輪に捕まったまま漂ってきた。このまま帰るか、と2人がエンジンよろしく足を動かし始めたので、私も水中でゆっくりと足を動かす。
「そういう怪物、って言えばいいのかな。とにかくなにも穴がない怪物で、でも人間には七つの穴があるから、1日に1つの穴を開けてあげたら、7日目7つ目の穴を開けたときに死んじゃったって話」
「え、なにそれ。つか穴開けたら死ぬの当たり前じゃね?」
「でも穴が全くない怪物だから。目がないから見えない、耳がないから聞こえない、そういう不便さがあるんじゃないかって配慮したわけで、やった人は善意だったんだよね」
「そういう理屈の押し付けをすんなって話だよ」
「渾沌を渾沌のまま肯定しろって話じゃないっけ?」
「そうだっけ。忘れた」
聞いていた桜井くんが難しい顔をして首を捻った。故事や寓話なんてそのオチがはっきりしないと釈然としないので、その反応は正しいし、中途半端な私と雲雀くんが悪かった。
「英凜と侑生ってさー、そういう話どこで仕入れてくんの?」
「仕入れ……」
「昔何かで読んで覚えてる」
「俺も何かで読んで忘れてんのかな? この間も義務教育がなってないって言われたけど義務教育受けたはずだし……」
「なに、何の話?」
「桜井くんが性善説の話を知らなかったって話」
「あー、それは義務教育受けてないね」
「え、待って、そう言われたら分かるって。そうじゃなくて侑生らの言い方が悪くて」
「それが義務教育受けてねえんだよ」
「受けてるよ! 俺だって性善説って言われたら分かったよ!」
海岸に戻ると、先輩達は元気よくビーチバレーをしていた。言語化できない雄叫びが聞こえてくるし、体は大きいし、髪は派手だし、正直近寄りたくない状態だった。駿くんはどこへ行ったのだろうと思っていると、パラソルの下で九十三先輩と一緒に休憩していた。因みにぐっしょり濡れていた。
「おかえり、1年ども」
「すみません先輩、駿くんを……」
「いーのいーの、俺いま荷物番。もうすぐ常磐と交代するから飯食おうぜ」



