浜辺に降りる階段にパーカーやらスニーカーやらが置いてあったので、ボディバッグはそこに置いた。私がそんなことをしている隙に雲雀くんと荒神くんはビーチボールでドッジボールを始めている。

「え……えっと、なに? ドッジやるの?」
「いやビーチバレー。ドッジやったら三国にぶつけらんねーから三国とったほうが勝ちじゃん」

 謎のフェミニスト発言に首を傾げながらスニーカーと靴下を脱ぐ。桜井くんも同じくそれらを脱ぎ捨て「ぐっぱーで分かれよー」と無邪気に二人の間に飛び込む。桜井くんに言われたとおりに分かれれば、私と雲雀くん、桜井くんと荒神くんがペアになった。

「三国、ビーチバレーできんの」

 ボールを持った雲雀くんは、片手で器用にボールを(もてあそ)ぶ。軽く回転させながら宙に投げ、手に乗せて、また宙に投げ、をボールも見ずに繰り返しているのだ。それだけで運動神経の良さが分かる。

「……できなくはない」
「パーカー脱がなくていいのか?」
「……たぶん」

 五月初旬だ、半袖半パンはまだ寒い。荒神くんと雲雀くんは暫く遊んで体が温まっているのだろう。

 それにしたって、コートもネットもないのにビーチバレーなんてどうやってやるんだろうと思っていたら、荒神くんと桜井くんが、どこからともなく持ってきたバケツに海水を入れ、砂浜に海水でラインを引いた。

「ネットはなし。俺ら適当にやってるから」

 更に、残る疑問は雲雀くんが解消してくれた。口振りからして、いつもこんな遊びをしているのだろうか。イメージする不良像とは妙にちぐはぐに離れているけれど、それは私の勝手なイメージに過ぎなかったということだ。

「つか、急に呼び出して悪かったな」
「全然。何もしてなかったし」
「そっか」
「おっし、やろうぜ」

 桜井くんが袖を肘あたりまで引っ張り、腰を落とした。雲雀くんは変わらぬ仕草でボールを弄ぶ。

「こっち、三国いるからハンデな」
「いいよ、そんなの」
「いーぞ。三国のアタック入ったら二点な」
「おっけ」

 ポーンッと雲雀くんのサーブが、ネットも何もない、仮想相手コートへ飛ぶ。桜井くんがレシーブ、荒神くんがトス、当然アタックは桜井くんで「みくにー、いくぞー」なんて合図をする。

 その合図のとおり、桜井くんのアタックは優しかった。仮想ネットしかないとはいえ、それほど高くも飛ばず、ポンッとこちら側にボールを押すような攻撃だった。お陰で悠々とレシーブができる。

「三国、いけるか?」
「……たぶん」

 印象のとおり、運動神経がいいらしく、雲雀くんのトスは緩やかな弧を描いて落ちてくる。ボールの先にある太陽の眩しさに目を(すが)めながら、砂浜を蹴る。

「ゴフッ!」
「あっ」

 そして思い切り撃ち落としたビーチボールは、荒神くんの頬に直撃した。横でぶっと吹き出す声がしたし、桜井くんはギャハギャハと笑っている。

「ご、ごめん、大丈夫?」
「よくやった三国、二点だ」
「舜、さすがにそれはださくね?」
「いやいや、ちょっとタンマ!」荒神くんは頬を押さえながら「三国にハンデ要らなくない!? いまめっちゃ痛かったんだけど!」
「三国ィ、なんかやってたの」
「……なにも。球技はわりと得意」
「ほらぁー! 男の顔に弾丸アタック打つ女にハンデは要らねーよ!」
「舜、女子枠でハンデやろうか」
「要らねーよクソ!」

 仮想コートからはじき出されたビーチボールを持って帰ってきた荒神くんのサーブは下からだった。今度は大人しく返そう……と心がけて優しいアタックをすると、再び桜井くんが拾ったので桜井くんの攻撃だ。トスを上げれば、もう手加減はしてくれないのか、砂浜とは思えない足のバネで跳ぶ。

「行っくぞー、次、侑生!」
「いちいち宣言しなくていーんだよ」

 パンッと軽快な音と共に飛んだボールを、雲雀くんは足で拾った。それなのに私の手元に返ってくるのだからすごい。そして雲雀くんのアタックもまた荒神くんめがけて放たれ、今度は顔にこそ当たらなかったものの、腕に当たって弾かれる。

「あ――」

 そのままボールは海のほうへ飛んでいった。荒神くんの「あー!」という声は段々とデクレッシェンドしていく。ポテン、と波の上に乗ったビーチボールは、私達の気持ちなど知らず、ゆらゆらと呑気(のんき)に揺られ始めた。

「舜、取ってきて」
「いや見ろよ! 海の上! もう無理じゃん」
「無理じゃねーだろ」
「無理っつーんだよこれを! 五月に海なんか入ったら死ぬわ!」
「二月じゃねーんだから。ほら早く行け」
「お前のボールが悪かったのに!」

 ブツブツ言いながら、荒神くんはおそるおそる海の中へ向かい、膝まで()かってしまったところで必死に手を伸ばす。指先を掠めたボールは荒神くんを(もてあそ)ぶようにゆらゆらと遠く離れる。

「なぁー! 無理だって! これ以上行ったら俺死ぬって!」
「死なねーよバカ」
「つかパンイチになれば濡れなくていんじゃないの?」
「三国がいるのにそんな格好できるか!」
「私は気にしないよ」
「俺が気にする!」

 一度浜辺に戻った荒神くんはティシャツだけ砂浜に脱いだ。大きめのティシャツ姿からは分からなかったけど意外と筋肉質だ。雲雀くんと桜井くんが小柄だから余計に際立(きわだ)つ。

 ついじっと見てしまっていると、荒神くんは笑った。

「三国に視姦(しかん)されてるーう」
「えっあっ」
「くだらねーこと言ってないで取ってこいバカ」

 雲雀くんの近くにいたら蹴とばされていただろう、荒神くんは「うわーん寒いよー」なんて冗談めいた口振りで喚きながらザブザブと海の中へ入る。