駿くんは、お兄ちゃんと京くんに対するのと違い、私の行動にはわりと従うほうだ。駿くんが私にシンパシーを抱くような要素に心当たりはないのだけれど、年齢でいえば私と京くんは変わらないから、少なくともそこに理由はないことは分かる。
 それはさておき、少なくとも駿くんが私と一緒に行動する限りでは悩む素振(そぶ)りを見せるということは、海に連れて行くだけ連れて行って駿くんをお兄ちゃん達に預けるのは駿くんに悪いような気もする。そうなると家に置いていったほうが駿くんのためな気もするけど、真哉(まさや)お兄さんの口ぶりからして、年中部屋で本だけ読んでる色白の一人っ子を海で遊ばせるべきくらいには思っているのだろう。
 ……群青の先輩達は、駿くんの面倒を見てくれるだろうか。頭には真っ先に九十三(つくみ)先輩が浮かんだ。あの雲雀くんでさえ手懐(てなず)けるのだ、きっと駿くんのことも可愛がってくれるに違いない。唯一問題があるとすれば、駿くんの前で「今日のパンツはー?」なんてルーティンを繰り返すことだけれど、水着だからパンツには言及しないだろう。
 そして昼間であれば、きっと喧嘩|沙汰(ざた)は起こらない。仮に何か起こったとしても昼間だし、ひと夏の一日だけやってきているだけだから、駿くんが今後巻き込まれる心配もない。

「……駿くんがいいなら先輩達にも遊んでもらえばいいんじゃないかな」
「部活の先輩か」
「……そんな感じ」

 真面目な真哉(まさや)お兄さんに、まさか不良の先輩とは言えなかった。駿くんはまだ少し悩んでいたけれど「……よく考えれば、いま読むと帰りに読む本がなくなるな」と照れ隠しのような言い訳をして本をリュックに片付けた。

「んじゃ行くかー。チャリは?」
「人数分はないよ」
「んげ、歩きか」

 このクソ暑いのに、と文句を言いながらお兄ちゃんは(ふすま)の向こうへ消え、海パンに履き替えてから戻ってきた。私も部屋で水着に着替えた後に服を着た。駿くんは「こっちに着替えて」と薫子(かおるこ)お姉さんに適当なティシャツに着替えさせられていた。きっと汗をかいたとき用の着替えだったのだろう。

「んじゃ行ってくる」
「気をつけんといけんよ」
「お水持って行きなさい」
「何かあったら連絡しなさいよ」

 口々に注意を口にするおばあちゃんと叔母さん達に背を向け、4人で(そろ)って海へと歩く。駿くんは薫子お姉さんに渡された白いキャップをかぶせられリュックを背負い、チャポチャポと水筒の水音をさせているので、まるで遠足に行くみたいだ。

「京くん、受験どうなの、余裕なの」
「えー、余裕余裕。だから夏休みも遊んでていいじゃんって言ってるんだけどさあ」
「英凜の高校は? 受けんの?」

 京くんは隣の市に住んでいるので、灰桜高校も進学先の候補にはなる。ただ京くんはそんなに凄惨(せいさん)な成績ではない。現に「いや受けない」と迷わず返ってきた。

「家から近いのはいいんだけどさ。灰桜高校って怖くない?」

 ……当然の評価だ。お兄ちゃんが「え、そういう高校なの?」と訝しみ、駿くんが「怖いとは」と見上げてくるせいで「ああ……まあ……そういう人もいるかな……」と重苦しい声で返事をする羽目になった。なんならこれから遊ぶ相手がその一番怖い人達だ。

「灰桜高校はねー、英凜ちゃんが行ってるからあんまり言えないけど、不良の巣窟」
「めちゃくちゃ言ってるじゃん」
「不良ってこのご時世に存在してんの? カツアゲとかされるわけ」