「最近になってお前のこと好きになったんじゃねーの」
「そんなことあんの? 好きになるヤツなんて最初っから決まってんじゃね? 仲の良さも大して変わってねーのに、2年も3年も経ってから好きになるとかある? つか胡桃と俺で言えば5年も10年も経ってんのに」

 妙に饒舌(じょうぜつ)な桜井くんはふーっと重たい溜息を吐いた。

「つか、小学生でフラれてんだよ、俺」
「え!!」

 衝撃の告白に急須(きゅうす)をひっくり返しそうになった。大音量でもあったと思う、桜井くんと雲雀くんの目に同時に見られたことが私にさえ分かった。

「……フラ……れたの……小学生で……? なんてマセ……いや大人びた……」
「いまマセガキって言おうとしたよな」
「違う、違うの、ガキとまでは言うつもりはなかったの、マセた子供だなって」
「同じじゃん」
「言い方が違うから! え、っていうか、桜井くん、牧落さんにフラれてたの……?」
「フラれたつーかさあ……」

 桜井くんは腕を組んで考え込み、私が急須を持っていることに気が付いて「あ、てか饅頭(まんじゅう)持ってくる」と立ち上がるので「いいよ、急須と湯飲み持って部屋行こ。多分お茶飲んでると暑いよ」と(そろ)って部屋に戻る羽目になった。

 部屋で勉強道具をテーブルから押しのけ、お茶をすすりながら、桜井くんは気を取り直したように「あー、で、フラれたつーか、子供の口約束ってそんなもんだなってなったつーか」と昔話を続ける。

「女子のほうが男子よりマセてんじゃん? で、幼稚園のときってさあ、女子って、この人と結婚するーみたいなことすぐ言うじゃん」
「私は言ったことないけど」
「英凜は他人に興味なさそうじゃん。胡桃みたいなタイプはそうじゃんって話」

 いまサラリととんでもないことを言われた気がするけれど、気のせいだろうか……?

「胡桃はさー、幼稚園の頃は俺と結婚するーとか言ってたわけ。なんか遠足で花冠とかもらったし」
「んで、お前はその花冠を母親にそのままあげるくらいにはデリカシーがなかった、と」
「え、なんで分かったの」

 てっきり桜井くんから既に聞いているエピソードかと思いきや、ただ雲雀くんにはお見通しだったというだけの話のようだ。

「お母さんがお花を喜ぶと思って渡したってことでしょ? 理論上そんなに変な話じゃないと思うけど……」
「いや牧落はコイツが好きだから花冠作って渡したんだろ。それがそのまま母親に行ってんの謎過ぎね」

 ……言われてみればそうか。

「でも花を貰って喜ぶ男子なんていないだろうし……その意味で牧落さんの認識不足だったっていうか……」
「あー、分かった、三国、お前は本当に黙ってろ」

 シッシとまるで野良犬のように手まで振られた。思わず唖然(あぜん)としてしまうほどぞんざいな扱いだ。もしかすると、雲雀くんの中で私は桜井くんと同列に成り下がってしまったのかもしれない。

「つかそんなことしてたらフラれんのも道理じゃね」
「いやフラれたつーか、えーっとね、だから幼稚園のときはそんなんだったんだけど、小学校に上がる頃には破談になったつーか」
「そんなお見合いじゃないんだから」
「でもそんなもんだよ。1年生になる頃には『そんな約束したっけ?』って言われてた」

 ……まあ幼稚園児の口約束なんてそんなものか。雲雀くんに黙ってろと言われたので黙ってお饅頭を頬張った。美味しい。

「つかお前、牧落のこと好きだったんだ。知らなかった」