「めんどくせーんだよな、上だの下だのって」
「同感だな」
「……二人でいて不都合もないんでしょ? なんで他のみんなはチームになるの?」
「興味津々だな、三国」

 知らない世界の話だから、沸騰している鍋の中のように沸々(ふつふつ)と疑問が沸き上がるのは当然だ。でも雲雀くんは笑った。

「誰かがチームを作ると、それに対抗しないといけなくなる。五人と一人じゃ五人のほうが強いからな」
「俺は五人でもやれる」
「そういう話じゃない、バカは黙っててくんねーかな」雲雀くんは冷たく切り捨て「結局、負のスパイラルみたいなもんだよ。十人も二十人も束になってかかってこられたら、敵わねーだろ。だったらこっちは二十人、三十人の束になろうって考える。だからチームになるしかないし、でかくもなる。くだらねーよな」

 ただの負の連鎖だ、と雲雀くんはぼやいた。その連鎖構造は理解できたけれど、まとまることを〝負〟とまで言う理由はよく分からなかった。

「……二人ってずっと二人なの?」
「いやー、三人かな。六組にいる荒神(あらがみ)(しゅん)ってヤツともよくつるんでる」

 そういえばそんな話もあった。でも隣のクラスにいるというのに、その荒神くんが五組に遊びにきたことはない。

「舜のことは知ってんだろ、三国」
「……中学二年のときに同じクラスだったけど、どんな人かは知らない」

 いつも教室の隅っこで友達と騒いでいる男子。授業中も寝ているか友達と騒いでいるかのどちらか。茶色っぽい頭にオレンジ色のメッシュが入ってた。女子に人気があるらしくて、いつも何人かの女子に囲まれていた。好かれる女子のタイプは様々で、風紀委員をやっていた大人しいクラスメイトから保健室に入り浸りのギャルっぽいクラスメイトまで、みんな荒神くんに夢中だった。

 そんな荒神くんと喋った記憶は一回しかない。文化祭準備のときに、荒神くんが買い出し係を引き受けてくれて、その荒神くんにメモを手渡しながら「よろしく」と言って「おっけー」と返された。それだけだ。

「まあ、簡単にいうとめっちゃ女好きだしめっちゃモテるしめっちゃ手早い。握手したら妊娠するくらい思っておっけー」
「…………」
「適当なこと吹き込むのやめてやれ。男の欲望に忠実なヤツなんだ。で、女に好かれる顔してるし、女の扱いも上手いってだけ」

 桜井くんの乱暴な紹介を、雲雀くんがフォローした。考えたことはなかったけれど、確かに扱いが上手くないとあんなにモテはしない気がした。

「……その荒神くん、五組に遊びに来ないんだね。隣のクラスにいるのに」
「最近新しい彼女できたから忙しいんだよ。アイツ、彼女ができたら暫くそっちに夢中になるから」
「彼女作ってもいいことねーのにな」
「……ないの?」
「基本弱味だからな」

 これまたヤクザみたいな話が出てきた。内心は茶化したい気持ちでいっぱいだったけれど、雲雀くんは真顔なので、どうやら本気らしかった。

「実際、楽な話だろ。彼女犯すぞなんて言われたらどんなヤツでも土下座したまま死ぬまでぶん殴られてやるし」
「……そうかな」
「侑生は愛が重いんだよ。コイツさあ、ちっさい妹いんだけど、妹が学校帰りに誘拐されたとき、マジで死ぬとこだったんだよ」

 机に足を投げ出していた雲雀くんがガタッと揺れた。その手にある携帯電話はいつの間にか折りたたまれていて、多分、桜井くんの発言に(あせ)ったのだろうことが伝わってきた。

「テメッ……勝手に人の話してんじゃねーよ!」
「だって彼女犯すって言われたらとか言うから思い出しちゃって。そう、コイツの妹がね、誘拐されて『おい雲雀くん、妹欲しけりゃ土下座しろよぉ』とか言われたわけ。そしたらマジでコイツ、妹のために土下座して殴られ続けてたんだぜ、すごくね? 俺が駆けつけたときなんか……なんだっけ、そう、虫の息」
「テメェ!」

 クールな雲雀くんが声を荒げて桜井くんの胸倉を掴み上げた。でも桜井くんはどこ吹く風で「もー、あン時、俺が行かなかったらコイツ死んでたよー、マジでー。一ヶ月くらい入院してたもーん」それどころか一層からかうような口ぶりになっていた。

「……妹、いくつ下なの?」
「あぁ? 六つだよ。今年小学校四年だ」
「妹のことマジ溺愛してんの、マジシスコン」
「うるせーなテメェは!」
「おっと」

 突き飛ばすように手を離されたけれど、桜井くんは蹈鞴(たたら)を踏むことさえなかった。その(からだ)(さば)きというか、身のこなしから、先週、三年生を蹴っ飛ばしたときの身軽さを思い出してしまった。

「……雲雀くん、優しいお兄さんなんだね」
「バカにしてんのか三国!」

 怒鳴られたけれど、不思議と怖くはなかった。なんなら笑えてしまったせいで、雲雀くんも怒りのやり場を失ったように口を(つぐ)んだ。

「……三国、お前、変わってんな、マジで」
「……そうかな」
「だって普通の女子なんて侑生に怒鳴られたら泣いちゃうぜ」
「テメェも泣かせてやろうか」

 すっかり机から離れてしまった二人を見つめながら、思いがけず得た情報を整理する。雲雀くんは、まだ小学生の妹がいて、その妹のことを溺愛している。話ぶりからして、おそらく二人兄妹。桜井くんは不明。でもこの流れで自分の兄妹の話をしないということは、一人っ子……?

 そうして、頭の中で分類をする。私はまだ、この人達のことを知らないから。