「三国、大丈夫か?」

 ただ目の前を見ているのも辛いほど目蓋(まぶた)が重たくて、閉じないように必死に押し上げている有様だった。その視界の中で、珍しく心配そうに眉尻を下げた雲雀くんが下から覗きこんでくる。

「……大丈夫」
「なに、英凜、具合悪いの?」

 雲雀くんの背後から桜井くんが顔を出す。そういえば金髪はいつも見てても平気だ……。正直、自分でも何がダメで何がセーフなのか分かっていなかった。

「……大丈夫、ちょっと疲れただけ」
「人酔い?」
「……そんな感じ」

 人混みは苦手だけど平気。建物の外観を見て回るのも、わりと平気。でも知らない土地では道を歩いて建物を見ているだけで無理なこともある。きっと、同じでないものをたくさん見ると危険。だからファッションビルは最悪。階が変わるごとに特徴だらけの店舗がたくさん並んでいるから。

 それは私にもよく分かっていない事象なので、説明することはできなかった。でもまだ目を開けていられないほどではないので、エスカレーターの手すりに背中を預けながら「多分、外に出ればよくなると思う」と適当に誤魔化した。本当は目を閉じて寝てしまわないとどうにもならないのだけれど。

 牧落さんは「そう……? ごめんね連れまわしちゃって」と眉を八の字にする。

「……大丈夫。ちょっと疲れやすいだけだから」
「疲れたんなら大通公園じゃなくてカフェのほうがいんじゃね? ちゃんと座れるし」
東屋(あずまや)みたいなのがあるだけでも大丈夫だよ」

 なんなら、経験上は店内にいるより外にいるほうがいい。

 外に出たからといって頭痛が引くわけではなかったけれど、ファッションビルの外に出ると、店内よりも少し喧噪(けんそう)が少なくなってほっと息を吐きだした。梅雨の少し湿った空気なんて、吸い込んでも気持ちがいいとはいえないけれど、視覚情報が店の中よりずっとマシだ。

「英凜、本当に大丈夫?」
「うん、大丈夫」
「……昴夜、お前、牧落とカフェ行っといて」

 おもむろに雲雀くんに腕を掴まれた。驚いて見上げたけれど、雲雀くんは桜井くんに視線を向けている。

「先に三国連れて行って休ませとく」
「いや、雲雀くん、本当に平気だから……」
「侑生がいいならいいよ、そのほうが英凜も休めるし」牧落さんはすぐに頷いてくれて「英凜の飲み物買ってくるね、なに飲みたい?」

 喉は渇いていた。でもジュースだのコーヒーだの、余計なものが混ざっているものを飲みたい気分ではなかった。喉が欲しがっているのはただの水だ。

 でもそんな文脈じゃない。仕方なく、スターボコーヒーのメニューのことを考える。その写真なんて頭の中にはなかった。あるのは情報としての記憶だけだ。

「……アイスティー?」
「そんなんでいいの? 分かった、買ってくるね」
「昴夜、俺の。アイスコーヒー」
「頼む態度! 英凜、マジで大丈夫?」
「大丈夫……」

 本当に、ただ少し頭痛がするだけだ。心配そうな顔をされると申し訳なかった。

 ただ、ファッションビル内で少し買い物をしていただけ。普通はそんなことで疲れない。例えば牧落さんはすごく楽しそうだったし、その意味で私よりずっとエネルギーを使っていたはずだけれど、まだまだエネルギッシュだ。省エネっぽく振る舞っていた私のほうが先にバッテリーが切れてるなんておかしい。