ぼくらは群青を探している


「おーす。桜井、雲雀」

 扉から顔をのぞかせたのは、ピンクブラウンの髪をした男子だった。先週の訪問者が怪物だったのに対し、今度はちゃんと人間だ。しかも桜井くんと雲雀くんと変わらないような華奢な体つきで、品と甘さのある髪色によく似合う甘いマスクをしていた。学ランの丈は普通で、ただ同じ新入生にしては着方がこなれているから、多分上級生ではあるのだろう。

 平和的に声をかけられれば返事はするのか、二人も顔を上げた。ピンクブラウンの人はのんびりと教室に入ってきて、机の上に数学の教科書が広げてあるのを見て「ぶっ」と吹き出した。

「おいおい、桜井と雲雀で間違いないよな? なんで女子とお勉強会してんだ?」

 砕けた口調と態度からはいい人に見えた。桜井くんもそう感じているのか「うるせーな、関係ないだろ。なんか用?」と口を尖らせるだけだ。

 じっと見つめていると、その人もじろじろと私を見つめ返した。間近で見ると、その顔の綺麗さが余計に分かる。系統としては雲雀くんに近くて、アイドルみたいな顔をしていた。

「……これ、お前らどっちかの女か?」
「違う」素早く否定したのは雲雀くんで「ただ隣の席ってだけだ。見てのとおりな」
「あと新入生トップ」

 桜井くんの補足は蛇足に違いなかった。でもピンクブラウンの人は興味ありげに眉を吊り上げた。

「普通科なのに?」
「……そういうこともあります」

 二人が何も言わないので私が返事をする羽目になった。その人は「そういうこともある、ね。まあそうかもな」とどこか面白そうに笑った。

「分かったら、勉強の邪魔しないでくんね? 来週、実力テストなんだ」

 桜井くんは至極真面目な顔で教科書を叩いた。勉強をしようとしていたのは最初の一分もなかったのに何を言っているのか。

「勉強なんかしなくたって、西中のインテリヤンキーくんに勉強はいらねーだろ?」
「いるのは俺だよ!」

 雲雀くんが不良のくせに成績優秀なのは公知の事実、そして桜井くんは自分の勉強のできなさを包み隠さず……。素直な反応だったからか、ピンクブラウンの人はケラケラと軽快に笑った。

「そっかそっか、死二神の片方はバカだったか」
「うるせーな!」
「つか、(ほたる)さん、アンタ何の用があってきたんだ?」

 変わった苗字……いや名前? とにもかくにも知り合いではあるらしい、そのピンクブラウンの「蛍さん」は「そうカッカすんなよ、手負いの獣かお前は」と呆れながら、手近な机に腰を預けた。

「入学式、庄内(しょうない)達がちょっかい出しに来たって聞いてな。群青のトップとして、そこは一言謝りにきた。悪かったな」

 ……群青のトップ? もしかして二人の友達かもしれないと能天気なことを考えていたせいで、聞いた瞬間に鳥肌が立った。

 群青のトップってことは、昨日やってきていた怪物とその手下のボスだ。あのゴリラのボスが、このアイドルみたいな顔をしたピンクブラウン? そのギャップに混乱すると同時に、小柄な見た目とは裏腹に凄まじい強さをその内に秘めているに違いないと思うと、身が(すく)む思いだった。

 ついでに、先週の怪物のセリフに出てきた「永人(えいと)さん」という名前を思い出した。もしかしたらこの人の名前は「(ほたる)永人(えいと)」なのかもしれない。

「……蛍さんさあ、アンタのそういうところは嫌いじゃないんだけど」

 それなのに、雲雀くんの態度は同級生と話すときのそれだ。私に接する態度と、礼儀という意味では大差ない。

「どうせ、詫びは方便(ほうべん)で、ついでに誘いにきたんだろ?」
「もちろん。ああそうだ、灰桜高校に入学おめでとう」

 蛍さんはまるで心から祝福するかのように拍手をした。私は二人の横でただただ面食らう。

「どーも。でも蛍さん、言ったろ。俺らはそういうんじゃないって」

 桜井くんの態度も上級生と話すときのそれではなく、相変わらずゆらゆらと椅子の上で体を揺らしている。

「俺らは二人で楽しくやってんの。んでもって、チームとか組織とか、そういう上下関係があるもんは苦手なの」

 このとおり敬語も苦手だし、と桜井くんはぼやいた。桜井くんの敬語の苦手さが、他人への尊敬の念の欠如からきているのか、敬語の知識の不足からきているのか、この数学のレベルを見ていると本気でどちらなのか分からなかった。

「そういやお前ら、中一のときに揃って三年ぶっ飛ばしてたな」
「そういえばそんなこともあったな」
「あの辺りから死二神とか言われ始めたんだよなあ」
「高校で同じことが通用すると思わないほうがいいぞ?」

 思い出話に花を咲かせようとしていたところを遮られ、二人は静かに蛍さんを見つめ返した。蛍さんは、にんまりと笑う。それが挑発なのか脅迫なのか、はたまたなにか(たくら)みを抱えているがゆえの怪しさなのかは分からない。

「……脅しか?」
「いや、ただの世間話みたいなもんだ」
「つかさあ、なんでそんなに俺らのこと誘うの。別に、俺達がいなくたって、群青ってめっちゃ強いんだろ?」
「そこは、多分噂に聞いてるとおりだ。お前らは、お前らが思ってるよりずっと、チームの勢力を左右する」
「買いかぶりだ」
庄内(しょうない)を一発でやっただろ?」
「だってあんなのゴリラのハリボテみたいなもんだろ。蹴ったら倒れた、そんだけだ」

 吹けば飛んだ、それくらい簡単そうに聞こえるけれど、体格差を知っているとそうは思えない。