それはさておき、視聴覚教室だからといって鍵を作らない理由があるだろうか。首を捻っていると「ほら、よろしくないDVDとか見れちゃうでしょ?」……能勢さんの笑顔が降ってきた。群青にいると段々男子の(さが)が分かってくる。

「……なる、ほど……?」
「鍵持ってると見るヤツがいるし、つか見てんじゃねーかとか言われそうだしなぁ」
李下(りか)(かんむり)を正さずってヤツですね」
「なんだそれ」
「スモモの木の下で頭の上に載ってる冠に手を伸ばすと、遠目にはスモモの実を取ってるように見えちゃうじゃないですか。怪しいことはするなって話です」
「時々お前らのインテリ具合が怖いんだけど、芳喜(よしき)知ってる?」
「いや知らないです、俺もいま怖いなっていうか気持ち悪いなって思ってました」

 先輩2人に謎の罵倒(ばとう)をされた。雲雀くんの顔を見ると肩を(すく)められたのでお互い釈然(しゃくぜん)としていないのだろう。

 目的地へ着くと、蛍さんは「どーもー」ととても職員室とは思えない態度で扉を開けた。でも先生達は振り向きもしないし、一番手前の中年の先生が「こらァ、どーもじゃないだろ、失礼しますだろ」と注意したくらいだった。

 ただ、その先生は蛍さんの背後にぞろぞろいる私達を見て、注意をしたままの表情と態度で固まった。

「……蛍と能勢と……お前は雲雀だな、それと?」
「あ、すみません、三国です」
「三国?」
「1年5組の三国英凜です」

 灰桜高校で蛍さんと能勢さんを知らない生徒がいないくらいだ、当然先生も目をつけているのだろう。そして雲雀くんもまた(しか)り。ただ私のことは認識されていないらしく、顔を見ても名前を聞いても眉を(ひそ)めるばかりで、それこそ驚いたような反応はされなかった。

「三国……どっかで聞いたような……」
「山口先生、三国さんってあの子ですよ。今年の1番の」

 隣の席の若い男の先生が耳打ちした。その山口先生は「あっ!」と大きな声を出し、職員室内の先生達がやっと振り向く。

「蛍! 1年女子を連れ回してるって聞いたけどよりによって三国か!」

 ……きっと、自意識過剰ではなく、灰桜高校で私を知らない人もいなくなっているのだろう。

「連れ回してなくね? 呼んだけど三国自分でついてきたし」
「私は犬か何かなんですか?」
「しかもお前……雲雀……」

 山口先生はじろじろと雲雀くんの恰好を頭のてっぺんから爪先まで眺めた。銀髪にズタズタのピアス、シャツは全開で、最早黒いインナーにシャツを羽織(はお)っているに等しい。その下に見えるベルトもギラギラしてド派手だし、せいぜいちゃんとしているのは上履きの履き方くらいだ(ちなみにちゃんと()いてないと喧嘩をしにくいのだそうだ)。誰がどう見たって校則|違反(・・)の模範生だ。

「確か三国と同じクラスだったな。お前に影響されて三国がこんなことになったらどうする」
「止めます」
「止めるんかい」

 山口先生のそのツッコミは思わず私も口にしてしまいそうになった。

「だって三国、銀髪似合わなさそうだし」
「そこじゃないだろ! まったく、お前がそれで1年の期待の星だっていうのが、なんとも、他の生徒に顔向けできん……」

 山口先生は手に取ったボールペンを回しながらブツブツと呟いた。確かに雲雀くんの存在は身形と優秀さに相関関係がないことを証明してしまうので、学校側としては扱いづらいに違いない。

 そんな山口先生の三白眼(さんぱくがん)が、じっと私を見た。