「払う必要がないだァ? お前、同じ女のくせによくそんなこと言えんな」

 今津は隣の女の子を指さした。美人局の実行犯だ。

「男に無理矢理連れていかれて怖がってんだよ。お前らのとこの中津のせいで怖くて男と喋れないって言ってんだぜ。どうしてくれんだ」
「……あなたとは喋れるんですか?」
「信頼してる男友達以外無理なんだけど」

 その女子が反論するように口を開いた。顔つきのとおり、声も勝気だった。

「無理矢理なの、嘘とか思ってんだよね? 被害者に向かってよくそんなこと言えるよね」

 雲雀くんの膝の上にあった手にミシリとでも聞こえてきそうなほど力が(こも)るのを視界の(すみ)(とら)えてしまった。落ち着いてというつもりで机の下で雲雀くんの足に自分の足を軽くぶつけた。

「……私、現場にいたわけでもないんで、最初から話を聞きたいんですけど」
「は? なんでアンタにそんなことしなきゃいけないわけ?」
「必要ないお金を払う意味が分からないので」
「別にいーよ、お金払ってくれないなら警察行くし」
「なんで10万円なんですか?」

 能勢さんからはこうも言われた「まともにやり合うな」と。

『あのね、バカな相手と話が噛み合うと思わないほうがいいから。多分三国ちゃんと話が合う相手じゃない。相手の会話に乗ると空中戦になる。少々無視してリードするくらいがいいよ』
『そもそも話し合いに乗るかって問題があると思うんですが……』
『美人局なんてセコイこと考えるヤツらなんだから、きっと自分達はちょっと頭の出来がまともだって勘違いしてるよ。そういうヤツは知的に話し合いをしたがるから大丈夫』

「なんでってなんで?」

 ああ、本当だ、能勢さんの言うとおり乗ってきた。シナリオ通りに進むお陰で、少しだけ緊張が(やわ)らいだ。

「だって、無理矢理触られたんですよね? たった10万円でいいんですか?」

 今津と美人局さんは私の話の趣旨を(はか)りかねて眉を(ひそ)める。

「だって、本当に警察に行かれたら、30万とか50万とか払えって言われても払うしかないと思います。それなのに警察に行かない代わりに10万円で許してくれるって、かなり優しいなと思って」

 キュと、緊張で喉が締まった。今津と美人局さんがお金の匂いに目を光らせた、気がした。はっきりとは分からないけれど、少なくとも注意深く見ていると頬が緩んだのは確かだった。

「ま、ラブホ連れ込んだだけだから我慢してやろうかと思ったんだけど。ごねるなら50万払ってもらおうか」

 乗った。ひとつ目的を達成する。

「ところでその、えーっと何さんなんですっけ」

 美人局さんを見ながら促すと「園田(そのだ)だけど」と苛立たしげに名乗られた。

「園田さんって、学校来てます?」
「は?」
「学校、来てる人なのかなって。制服着てるから来てるんですよね」
「来てるけど、それがなに? てか50万払えって話じゃん、今は」
「連れ込んだ証拠を出してから言ってください」
「あたしがやられたって言ってんだけど?」

 それは怒鳴り声に近かった。思わず肩が震えそうになるのを拳を握って堪える。

「そうやって、被害者のいうこと疑うんだ? あたしがどんな思いだったか分かる? ちょっと普通に喋っただけで勘違いされて連れ込んで無理矢理犯されそうになったんだよ!」
「……怖いですね」
「だったら──」
「ところで信用してる男友達なら話せるって言ってましたけど、総じて男性不信になりませんでした?」