笑いながら喋り続けているのは、桜井くんと雲雀くんだけだ。教室内を観察すると、まるで恐ろしいものの登場を察知しているかのように、みんなは口を噤んでいた。

 ぬっと廊下に現れたのは、長身で大柄、坊主頭に()りこみを入れた男子だった。学ランの(えり)についたバッジを見れば、三年生だった。その学ランはやっぱり丈が短くて、その人のお腹より上のあたりで切り落とされている。屈強な体には窮屈そうだった。

 そして更にその後ろに、それなりに体の大きい三年生が二人いた。両方とも金髪で、でも片方はプリンのように脳天だけ黒かった。

 その三人のうち、坊主頭の三年生が教室内を覗き込んだ。ぎょろりなんて形容が似合う大きな目で、分厚い唇や坊主頭も相俟(あいま)ってまさしくゴリラのような顔だった。

 クラスメイト達は、まるで怪物に見られているかのような反応をしていた。みんなお行儀よく机につき、何もない机の上を凝視している。目を合わせたらあの怪物に殺される、そう思っているかのように。

 何も反応しないのは、二人だけだ。それどころか桜井くんと雲雀くんは「そういや俺アイツに五百円貸したままなんだけど」「それ去年から言ってね?」「言ってる、そろそろ時効かも」なんてくだらない話を続けている。

 あの怪物は、多分桜井くんと雲雀くんに用があるんだと思うんだけどな……? そう思っていたのは私だけではないはずだ。

 廊下の外から、怪物は舌打ちした。舌打ちにしては大きすぎて、ボディパーカッションかと思うくらいだった。

「おい、桜井、雲雀」

 やっぱりこの二人だった……。呼ばれたのは私ではないのに、その呻るような声に縮み上がってしまった。

 それなのに、当の二人は知らん顔だ。雲雀くんは椅子に座ったまま、桜井くんは雲雀くんの机に座ったまま、横柄な態度で振り返る。

「……なんですかァ?」

 桜井くんのその返事は、まだ声変わり前の甲高い声だったせいで、セリフ以上に煽り強く聞こえた。当然、怪物のこめかみには青筋が浮かび――ズンズンと二人の舎弟を従えたまま教室の中に入ってきた。

「なんですかァ、じゃねーんだよ」

 二人がいるのは、教室のど真ん中。怪物一人に、その手下二人も、教室のど真ん中で桜井くんと雲雀くんを囲んだ。

 桜井くんと雲雀くんの目つきが、少し変わる。桜井くんの顔からは、あどけない子供っぽさが消え、まるでエサを奪い合う野良犬のような顔つきになった。雲雀くんは、まるで狩場に来た狼のようだった。

「……三年が雁首揃えて何の用だ?」

 さながら、その問いかけは威嚇。

「何の用だもクソもねーだろ」手下その1も威嚇し返すように首を鳴らし「オメー、灰桜高校(はいこう)に入ったのに群青(ブルー・フロック)に挨拶もなしか?」
「俺、代わりに挨拶したぜ」と桜井くんは事もなげに頷いて「入学式前に裏門に溜まってただろ?」
「ああそうだな、テメーが随分な挨拶してくれたんだよな」

 その所業と態度が怪物の怒りを買ったらしく、怪物は強さを見せつけるように腕を組んだ。

「聞いたぜぇ、急に来て、友達と待ち合わせしてるから退けだァ? 礼儀がなってねー、分かるよな?」
「嘘、嘘。俺が侑生(ゆうき)を待ってたら、二年だか三年だか知らねーけど、何人かが西中の桜井だ!って襲ってきたんだよ」
「言い訳は聞いてねーんだよ」

 怪物がドン、と足を踏み鳴らした。やって来たときと同じく、地響きがした。

「テメェが手出したのは群青(ブルー・フロック)の二年だ。どうなるか分かってんだろうな」

 バキボキと怪物が指を鳴らす。ありがちな威圧なのに、その体格と顔つきと態度のせいで、鬼婆(おにばば)も裸足で逃げ出す威圧感があった。そんな怪物の体の半分しかなさそうな桜井くんは、鬼婆にさえ食われてしまいそうな少年にしか見えなかった。つまり力関係は歴然としていた。

「どうなるか、ねえ」それなのに桜井くんはニヤニヤ笑って「群青(ブルー・フロック)からのラブコールがもっと増えるのかな?」

 群青(ブルー・フロック)は二人を欲しがっている――ついさっき陽菜から聞いた話は本当らしい。

「調子乗ってンじゃねぇぞ」手下その1が(すご)みながら「永人(えいと)さんがお前らを誘ってんのは、群青(おれたち)灰桜高校(はいこう)で好き勝手されちゃ迷惑だからだ」
「ま、〝死二神〟なんて所詮、中坊(ちゅうぼう)のガキにつけられたダッセェ名前だ。お前らに本当に実力があんのか、俺らは知らねぇけどなぁ」

 怪物のセリフは、だから確かめに来たんだとでも聞こえてきそうだった。それでも、桜井くんと雲雀くんは顔色ひとつ変えない。代わりに動きもしなかった。

 それを(おび)えていると勘違いしたのか「雲雀、お前、近くで見ると細っこいなあ」手下その2はドン、と馬鹿にしたように雲雀くんの肩を叩いて下卑(げび)た笑みを浮かべながら「女みたいな顔してるしよぉ、脱がせて確かめてやろうか?」

 次の瞬間、手下その2の顔面には雲雀くんの手の甲が叩きつけられた。