皇族の屋敷に着くと、ずらりと使用人たちが並んで出迎えてくれた。
「ようこそ、いらっしゃいました、お嫁様」
二葉がツンと顎を上げ、頬を上気させて石畳を歩いていく。
一紗は大勢からのおもてなしに、すっかり萎縮して二葉の後をうつむいて進んだ。
「こちらへどうぞ、一紗様」
奥の間に案内されると、衣桁に美しい振袖が掛けられていた。
侍女が厳かに畳に手をつく。
「こちら、一紗様のために将也様がご用意されたお着物です」
「わあ、素敵!」
一紗、と言われているにもかかわらず、二葉がずかずかと着物に近づく。
「すごいわ。御所車に桜の柄が華やか……! 金糸がこんなにふんだんに使われて……」
着物を間近で見た二葉がほうっと感嘆する。
確かにびっくりするほど華やかで美しい振袖だった。
一紗も思わず見とれてしまう。
「着付けをお手伝いいたします」
「ええ、お願い」
二葉が当たり前のような顔をしてうなずく。
(これは私のために用意された着物なのに……)
一紗の胸にちくん、とした痛みが走った。
だが、一紗は何も言えなかった。
無能で令嬢としての教養もない自分にふさわしいとはとても思えなかったのだ。
(でも、袖を通してみたかった……)
なぜか、自分には分不相応な着物にとても心惹かれていた。
こんなことは初めてだった。
これまで二葉がどんなに素敵な着物を着ていても、羨ましいと思ったことなどなかったのに。
一紗は苦しい胸の内をこらえ、じっとうつむいた。
髪を丁寧に結われ、豪奢な着物を身に纏った二葉は、お姫様そのものだった。
「ふふ」
輝くような笑みを浮かべて案内される二葉のあとを、一紗はとぼとぼとついていった。
広々とした屋敷は中庭もあり、廊下を歩くだけで胸が躍った。
(でも、私はもうすぐ中ノ国へ返されるのだわ……)
「こちらに将也様がいらっしゃいます」
侍女がふすまを開ける。
(結婚のお相手の将也様……どんな方なのだろう)
座敷の奥に、一人の黒髪の青年が座っていた。
落ち着いた佇まいをした、すらりとした青年だった。
何より、驚くほど端整な美しい顔立ちをしていた。
切れ長の目が一紗と二葉に向く。
「東ノ国皇太子、神宮司将也だ」
名乗るまでもなく、彼が皇太子だと一紗は確信していた。
上座にいるだけではない。これまで会った誰より威風堂々とし、高貴な空気を纏っていたのだ。
傍らで二葉が息を呑むのがわかった。
その頬が赤らんでおり、将也が二葉の心をつかんだのは間違いなかった。
「初めまして、将也様! お会いできて光栄です」
二葉がそっと畳に手をついて礼をする。
だが、将也は眉をひそめた。
「なんだ、おまえは」
「えっ……」
二葉がきょとんとした表情になる。
これまで蝶よ花よと育てられてきた二葉は、男性からこんなに冷ややかな扱いを受けたことがないはずだ。
二葉は愕然と将也を見つめている。
「私、将也様の花嫁に……」
「なぜ、おまえが花嫁のための着物を着ているのだ。俺は一紗を嫁にと書いたはずだが」
「わ、私が一紗です!」
「ふざけるな!」
将也の一喝が座敷に響き、場は凍りついた。
将也の目がゆっくりと、座敷の隅にいる一紗に向けられる。
「おまえが一紗だな?」
「は、はい」
将也の険しかった目が、ふっと優しくなる。
「おまえをずっと待っていた」
「あのっ、私とお間違えじゃないでしょうか!」
二葉が慌てたように声を上げる。
「……なんだと?」
「姉は異能を持っていません! 私なら双子ですし、整気もできます! 将也様の花嫁には私がふさわしいかと!」
滔々と語った二葉がハッとした表情になる。
将也の切れ長の目が、ぞっとするほど冷ややかな光を帯びていたのだ。
「俺の意向に口を出す気か」
二葉がごくりと唾を飲み込む。
「あっ、あの……」
「俺は一紗を嫁にと申し出たはずだが?」
「だからっ……! 姉には能力がなくて!」
「あるさ」
「は?」
「ある。俺は知っている」
言い切る将也に、二葉が愕然とする。
「これ以上口を出すなら、むち打ちの上、追放する。おまえは誰に対して意見を述べているつもりだ?」
二葉がハッとした表情になった。
ここは東ノ国で、相手が次期皇帝となる皇子だとようやく認識したようだ。
中ノ国では有力な貴族の娘として丁重に扱われていたが、他国ではよそ者の娘。
守ってくれる親もいない。
「も、申し訳ございません……」
二葉は大人しく頭を下げた。だが、ぎりっと食いしばる音が一紗の耳に届いた。
「おまえに用はない。さっさと失せろ」
将也がうるさそうに手を振る。
二葉が屈辱に震えながら立ち上がった。
「なんであんたが……っ!」
矛先を替えた二葉が、いきなり一紗につかみかかった。
「やめろ!」
殴りかかろうとした二葉の腕を、駆け寄った将也がつかんだ。
そのまま、壁に向かって二葉を力任せに放り投げる。
「あっ!」
たまらず二葉が倒れ込む。
「その女を連れていけ! 着物をはいで屋敷から追い出せ!」
将也の厳しい声に、控えていた使用人の男たちが暴れる二葉を取り押さえた。
「一紗っ!! 覚えてなさいよ!! なんであんたなんかが!!」
座敷から引きずりだされながらも、二葉は気丈に罵声を一紗に浴びせ続けた。
「許さないッ、許さないからーーーーーー!!」
一紗は呆然と、嵐のような二葉が去るのを見守るしかなかった。
「ようこそ、いらっしゃいました、お嫁様」
二葉がツンと顎を上げ、頬を上気させて石畳を歩いていく。
一紗は大勢からのおもてなしに、すっかり萎縮して二葉の後をうつむいて進んだ。
「こちらへどうぞ、一紗様」
奥の間に案内されると、衣桁に美しい振袖が掛けられていた。
侍女が厳かに畳に手をつく。
「こちら、一紗様のために将也様がご用意されたお着物です」
「わあ、素敵!」
一紗、と言われているにもかかわらず、二葉がずかずかと着物に近づく。
「すごいわ。御所車に桜の柄が華やか……! 金糸がこんなにふんだんに使われて……」
着物を間近で見た二葉がほうっと感嘆する。
確かにびっくりするほど華やかで美しい振袖だった。
一紗も思わず見とれてしまう。
「着付けをお手伝いいたします」
「ええ、お願い」
二葉が当たり前のような顔をしてうなずく。
(これは私のために用意された着物なのに……)
一紗の胸にちくん、とした痛みが走った。
だが、一紗は何も言えなかった。
無能で令嬢としての教養もない自分にふさわしいとはとても思えなかったのだ。
(でも、袖を通してみたかった……)
なぜか、自分には分不相応な着物にとても心惹かれていた。
こんなことは初めてだった。
これまで二葉がどんなに素敵な着物を着ていても、羨ましいと思ったことなどなかったのに。
一紗は苦しい胸の内をこらえ、じっとうつむいた。
髪を丁寧に結われ、豪奢な着物を身に纏った二葉は、お姫様そのものだった。
「ふふ」
輝くような笑みを浮かべて案内される二葉のあとを、一紗はとぼとぼとついていった。
広々とした屋敷は中庭もあり、廊下を歩くだけで胸が躍った。
(でも、私はもうすぐ中ノ国へ返されるのだわ……)
「こちらに将也様がいらっしゃいます」
侍女がふすまを開ける。
(結婚のお相手の将也様……どんな方なのだろう)
座敷の奥に、一人の黒髪の青年が座っていた。
落ち着いた佇まいをした、すらりとした青年だった。
何より、驚くほど端整な美しい顔立ちをしていた。
切れ長の目が一紗と二葉に向く。
「東ノ国皇太子、神宮司将也だ」
名乗るまでもなく、彼が皇太子だと一紗は確信していた。
上座にいるだけではない。これまで会った誰より威風堂々とし、高貴な空気を纏っていたのだ。
傍らで二葉が息を呑むのがわかった。
その頬が赤らんでおり、将也が二葉の心をつかんだのは間違いなかった。
「初めまして、将也様! お会いできて光栄です」
二葉がそっと畳に手をついて礼をする。
だが、将也は眉をひそめた。
「なんだ、おまえは」
「えっ……」
二葉がきょとんとした表情になる。
これまで蝶よ花よと育てられてきた二葉は、男性からこんなに冷ややかな扱いを受けたことがないはずだ。
二葉は愕然と将也を見つめている。
「私、将也様の花嫁に……」
「なぜ、おまえが花嫁のための着物を着ているのだ。俺は一紗を嫁にと書いたはずだが」
「わ、私が一紗です!」
「ふざけるな!」
将也の一喝が座敷に響き、場は凍りついた。
将也の目がゆっくりと、座敷の隅にいる一紗に向けられる。
「おまえが一紗だな?」
「は、はい」
将也の険しかった目が、ふっと優しくなる。
「おまえをずっと待っていた」
「あのっ、私とお間違えじゃないでしょうか!」
二葉が慌てたように声を上げる。
「……なんだと?」
「姉は異能を持っていません! 私なら双子ですし、整気もできます! 将也様の花嫁には私がふさわしいかと!」
滔々と語った二葉がハッとした表情になる。
将也の切れ長の目が、ぞっとするほど冷ややかな光を帯びていたのだ。
「俺の意向に口を出す気か」
二葉がごくりと唾を飲み込む。
「あっ、あの……」
「俺は一紗を嫁にと申し出たはずだが?」
「だからっ……! 姉には能力がなくて!」
「あるさ」
「は?」
「ある。俺は知っている」
言い切る将也に、二葉が愕然とする。
「これ以上口を出すなら、むち打ちの上、追放する。おまえは誰に対して意見を述べているつもりだ?」
二葉がハッとした表情になった。
ここは東ノ国で、相手が次期皇帝となる皇子だとようやく認識したようだ。
中ノ国では有力な貴族の娘として丁重に扱われていたが、他国ではよそ者の娘。
守ってくれる親もいない。
「も、申し訳ございません……」
二葉は大人しく頭を下げた。だが、ぎりっと食いしばる音が一紗の耳に届いた。
「おまえに用はない。さっさと失せろ」
将也がうるさそうに手を振る。
二葉が屈辱に震えながら立ち上がった。
「なんであんたが……っ!」
矛先を替えた二葉が、いきなり一紗につかみかかった。
「やめろ!」
殴りかかろうとした二葉の腕を、駆け寄った将也がつかんだ。
そのまま、壁に向かって二葉を力任せに放り投げる。
「あっ!」
たまらず二葉が倒れ込む。
「その女を連れていけ! 着物をはいで屋敷から追い出せ!」
将也の厳しい声に、控えていた使用人の男たちが暴れる二葉を取り押さえた。
「一紗っ!! 覚えてなさいよ!! なんであんたなんかが!!」
座敷から引きずりだされながらも、二葉は気丈に罵声を一紗に浴びせ続けた。
「許さないッ、許さないからーーーーーー!!」
一紗は呆然と、嵐のような二葉が去るのを見守るしかなかった。



