そして嫁入りの日、はしゃぐ二葉(ふたば)と共に一紗(かずさ)は馬車に乗った。

(姉妹だけで出かけるなんて初めてかも……)

 これから特別な旅が始まるのだと、改めて実感する。
 二人を乗せた馬車は国境付近まで一日かけて辿り着いた。

「あー、疲れた! 腰が痛いわ! 喉が渇いた!」

 最初は旅を楽しんでいた二葉だったが、途中から文句ばかりになり、一紗はそのたびに二葉の面倒を見ることになった。

「お待ちしておりました」

 国境付近で東ノ国(ひがしのくに)の案内人と合流して、宿で一泊する。
 翌日は東ノ国の馬車に乗り換えて、更に列車がある駅まで行くことになった。

「また馬車?」

 二葉は文句を言いつつ元気そうだったが、 慣れない長旅に一紗はぐったりした。

「あー、早く皇都(こうと)に着かないかしら」

 二葉の目がこれほどまでに輝いているのを、一紗は初めて見た。
 こんなにも二葉が中ノ国(なかのくに)を出ていきたがっていたとは知らなかった。

 そういえば、いつも二葉は生活に文句ばかり言っていた。
 美しい着物や装飾品がほしい、珍しい洋食なるものを食べてみたい、華やかな街を歩きたい、と。

「ねえ、見て! あれが駅よ! 列車が停まっているわ!」

 駅が見えてくると、二葉が子どものように大騒ぎをした。

「わあ……」

 国境付近こそ、中ノ国と変わらない素朴(そぼく)な田園風景だったが、駅に近づくにつれ立派な建物が増えてきた。
 中ノ国ではついぞ見られない高い建物がずらりと並ぶ。
 珍しい風景に、だんだん一紗の心も浮き立ってくる。

「見て! 線路よ」

 二葉がはしゃいだ声を上げた。
 初めて見るすべてが目新しく映るのだろう。
 それは一紗も同じで、知らない国に来たという恐怖心より興味が(まさ)ってきた。

(こんな遠いところまで来たんだ……)

 家から遠く離れたことにより、一紗の心は少しずつ解放されてきた。

(ああ、自由ってこんな感じなのかも)

 二葉以外知り合いのいない場所に来て、いかに自分が家に縛られてきたのか実感する。

(来られてよかった……。すぐ家に連れ戻されてしまうかもしれないけれど)

 駅の近くで食事を取り、二人は案内人について列車に乗り込んだ。

「すごいわ。中ノ国とは全然違う」

 列車の中は座席がずらりと並んでいたが、二人は客室付きの車両に案内された。

「わあ! 列車の中に部屋があるなんて!」

 これには一紗も驚いた。

(さすが東ノ国ね……)

 長距離移動といえば馬車ばかりの中ノ国とは全然違う。
 個室での列車旅は快適だった。

 案内人の男性は二人が退屈しないようにと、停車駅の説明をしてくれたり、お菓子を渡してくれたりした。
 一紗は恐縮してしまったが、令嬢として育てられた二葉は堂々とした態度を崩さなかった。

(私より、やっぱり二葉の方が皇太子の妻にふさわしいわ……)
(私が指名されたなんて、何かの間違いね)

 二日かけて一紗と二葉はようやく皇都に着いた。
 華やかな高層ビルが建ち並ぶ都会に、一紗も二葉もただただ驚くばかりだった。

 そして、街を往来する自動車にも目を引かれた。
 お店の種類の多様さも舶来(はくらい)ものを含めた品揃えも、何もかもが中ノ国と違う。

 強大な気の力を持つ東ノ国は大陸内にはびこる妖魔たちを退(しりぞ)けられるため、西洋の国々と交易し、新しい技術や物を取り入れているのだ。

「素敵……素敵だわ! 私絶対にここに住む!」

 二葉が感激したように同じ言葉を繰り返す。

(これから、いったいどうなるんだろう……)

 皇族の屋敷に近づくにつれ、一紗はドキドキしてきた。