春霞村は、神子選定の儀式を前に活気づいていた。
 村の広場には桜ノ国の神殿から遣わされた使者が到着し、儀式の詳細を告げるための布告が掲げられていた。

 村の娘たちは、選ばれれば一族の名誉と繁栄が約束される神子の座を夢見ている。
 華やかな着物を新調し、舞や歌の稽古に励んでいた。藤井家も例外ではなかった――ただし、葵を除いて。


「美桜、華桜、ほら、こちらの髪飾りはどうかしら? 神殿の巫女長が好む、雅なデザインよ」


 屋敷の奥の間で、継母の貴代が絹の反物を広げ、娘たちに熱心に語りかけていた。美桜は鏡の前で髪を整えながら、得意げに言った。


「巫女長なんて、私の美しさを見ればすぐに認めるわ。神子は私に決まってるもの」


 華桜も負けじと貴代が差し出した真珠の簪を手に取り、「でも、私だって負けないわよ、姉様。神子になれなくても、神殿の侍女くらいにはなれるわ」と笑った。


 葵は隣の部屋で、黙々と畳を拭いていた。彼女の耳に、姉妹の楽しげな会話が聞こえてくるたび胸が締め付けられるようだった。神子選定の儀式は、村の娘なら誰でも参加できると布告には書かれていた。
 だが、貴代は葵にこう言い放ったのだ。

 「あんたみたいなみすぼらしい子が神殿に行けば、藤井家の恥になる。家にいろ」と。


 葵は雑巾を握りしめ、心の中で呟いた。


「行きたい…なんて、思っちゃいけないよね。私には、そんな資格ない…」


 それでも、桜の古木の下で出会った焔夜の言葉――「神が選ぶのは心の清らかさだ」――が、彼女の心に小さな希望を灯していた。

 あの青年が本当に桜ノ神なら、もしかして……