「見て、華桜。この子、昨日と同じ汚い着物よ。まるで乞食みたい」


 華桜がくすくすと笑いながら続ける。


「ねえ、葵、せめて髪くらい整えたら? でも、まあ、あんたにはそんな努力しても無駄か」


 葵はうつむき、唇を噛んだ。彼女の髪は確かに乱れているが、朝から水汲みや薪割りに追われ、身繕いする時間などなかった。
 それでも、姉妹の言葉は葵の心を刺す。彼女はただ、耐えるしかなかった。

 朝食の支度が終わると、葵は美桜に命じられ、屋敷の裏庭で洗濯を始める。冷たい川水に手を浸しながら、彼女は昨日のことを思い出した。
 あの桜の古木の下で出会った、炎のような瞳の青年。あの人は誰だったのだろう?

『汝は選ばれし者かもしれない』

 彼の言葉が、葵の胸に小さな火を灯していた。


「そんなわけないよね、私なんかが」


 葵は小さく笑い、洗濯板を握り直した。だが、その瞬間、背後でかすかな風が吹き、桜の花びらが一枚、彼女の肩に舞い落ちた。驚いて振り返ると、そこには再びあの青年が立っていた。