その夜、葵は神殿の裏庭に一人でいた。月光の下、桜の木々が揺れる中、彼女は試練の出来事を思い返していた。
自分の血が桜の木を輝かせ、水晶が光を放った――すべてが信じられないほどだった。
「私なんかが…本当に神様に選ばれるなんて…」
「汝は自分を低く見すぎる」
背後から焔夜の声が響き、葵は振り返った。
彼はいつもの神官装束で、月光に照らされた姿はまるで絵巻物の神のように美しかった。葵は胸を押さえ、尋ねた。
「桜ノ神なんですよね? どうして私を……こんな私を、助けてくれるんですか?」
焔夜は葵の側に歩み寄り、彼女の肩にそっと手を置いた。
「私は長い年月、人間の心を見てきた。欲にまみれ、偽りを重ねる者ばかりだ。だが、汝は違う。どんな苦しみの中でも、心を清く保つ。それが、私を動かした」
彼は葵の目を見つめ、静かに続けた。
「私は…神として、孤独だった。人間の祈りは届くが、その心に触れることは稀だ。だが、汝の祈りは、私に初めて温かさをくれた」
葵の心が震えた。神の孤独――そんなことを考えたこともなかった。
彼女は思わず手を伸ばし、焔夜の袖を握った。
「神様がそんな気持ちだったなんて、私、知らなかった…」
焔夜の赤い瞳が揺れ、彼は葵の手をそっと握り返した。
「焔夜と呼べ。神などという堅苦しい名は、汝には似合わぬ」
葵の頬が熱くなり、彼女は小さく頷いた。
「…焔夜様」



