鋭い声が丘を切り裂いた。振り返ると、絹の着物をまとった美桜が立っていた。17歳の美桜は、村一番の美人と評される顔立ちに、華やかな花の髪飾りを挿していた。その後ろには、華桜が控えめに立っている。
「ご、ごめんなさい、姉上…すぐに戻ります」
葵は慌てて立ち上がり、頭を下げた。美桜は鼻で笑い、扇子で葵の肩を軽く叩いた。
「本当にみすぼらしいわね。あんたみたいな子が、桜ノ神に祈ったって無駄よ。神様が見るのは、私みたいな高貴な娘だけなんだから」
華桜がくすくすと笑う。
「そうよ、葵。神子選定の儀式が近いんだから、私たち姉妹が神殿に行く準備で忙しいの。邪魔しないでよね」
葵は唇を噛み、黙ってうつむいた。神子選定の儀式――桜ノ国の神殿で、桜ノ神の花嫁となる神子を選ぶ神聖な儀式。選ばれた者は国中の尊敬を集め、繁栄を約束される。だが、葵にはそんな夢は無縁だった。
継母の貴代は、葵が儀式に参加することすら許さなかった。
「さ、帰るわよ、華桜。こんな汚らしい場所に長くいるなんて、我慢できないわ」
美桜は葵を一瞥し、姉妹は丘を下りていった。葵は再び桜の木に視線を戻し、そっと呟いた。
「神様……私は、ただ幸せになりたいだけなのに」
その瞬間、桜の木の枝が揺れ、花びらが一斉に舞い上がった。



