冷たい川水に着物を浸しながら、葵の目には涙が浮かんでいた。姉妹の意地悪は日常茶飯事だが、今日は特に心が重かった。神子選定の儀式が近づくにつれ、彼女の置かれた立場がますます惨めに感じられたのだ。


「私なんて神様に祈ることしかできない」


 その時、川面に桜の花びらが一枚、ふわりと舞い落ちた。葵が顔を上げると、川の対岸に焔夜が立っていた。
 白い神官装束が風に揺れ、赤い瞳が葵を真っ直ぐに見つめている。


「また泣いているのか、葵」


 彼の声は静かだが、どこか温かみがあった。葵は慌てて涙を拭い、立ち上がる。


「どうして…またここに? あなた、ほんとに桜ノ神様なんですか?」


 焔夜は一歩踏み出し、まるで水面を滑るように川を渡って葵の側に来た。彼女は驚きで後ずさったが、彼は静かに手を伸ばし、葵の頬に残った涙をそっと拭った。