○暁宮への旅立ち


 白雪は、夜暁尊の手に引かれ、霧の山を越えてゆく。

 その足元には、雲が敷かれていた。山々の梢が下に見える。
 白雪は、地を離れてなお、心だけは地に置いてきたかのように、まだ信じきれずにいた。

 「本当に……わたくしで、よろしかったのですか?」

 白雪の問いに、夜暁尊はふと立ち止まる。

 「そなたは“よろしい”のではない。選ばれたのだ」

 神の金の瞳が、白雪の黒い瞳をまっすぐに見すえる。

 「そなたの魂は、何者にも染まらぬ強さを持っている。……私はそれを、見ていた」

 白雪は、うつむきながらも、その言葉を胸に刻んだ。

 もう、誰かの影ではない。
 もう、「姉のついで」ではない。

 神に選ばれた、自分だけの道を――今、歩いているのだと。




○神域・暁宮


 たどり着いた暁宮は、白い石と金の楼閣が空に浮かぶ神域だった。
 時の流れも、空気の重さも、人の世とは違う。

 白雪は、神の侍女たちに迎えられ、白銀の着物に着替えさせられる。
 髪を結われ、香をまとわされても、自分がただの村娘だったことを忘れられない。

 「よそよそしくなさるのですね」

 ふと、神が問う。

 「私に近づく者は皆、恐れ、媚びる。だが、そなたは違う。……それが、面白い」

 「恐れる気持ちはあります。けれど……夜暁様は、最初からわたくしを“人”として見てくださった。だから」

 「……ふむ。やはりそなたは、魂の器が違う」

 神は微笑むように言ったが、それが人の笑みに近いかは分からなかった。